All these places have their moments
どんな場所にも思い出が満ち溢れている

With lovers and friends I still can recall
愛する人や友達と過ごした日々を、
僕はまだ昨日のことのように思い起こせる


Some are dead and some are living
亡くなってしまった人たち、元気でいる人たち

In my life I've loved them all.
すべて僕が愛してきた、かけがえのない人たち
“In My Life" The Beatles

■序章■

 それはまだこの界隈に「テキストサイト」などという言葉が存在せず、僕らが自分たちのコミュニティを指して「日記系」と呼んでいた頃の話。僕はひたすらに暇を持て余す21歳の大学生だった。あまりにも暇で暇で、勢いに任せて自分のホームページなんてものを開いて間もない頃のことだ。


 その記念すべき僕の最初のホームページは「ルナティック雑伎団」という、好きな漫画のタイトルをそのままつけただけの安直極まりない名前だった。週に2,3本のペースで書く漫画批評がメインの、まあ当時どこにでも転がっていたようなどうでもいい個人の自己満足ページだ。アクセス数はお世辞にも多いとは言えなかった。数少ない客はおまけのつもりで書いていた日記を目当てにやってくる常連だけで、肝心要の漫画評を楽しみにしてくれていた人なんてほとんどいなかった。だけどそれでも良かったのだ、僕ごときの書いた駄文を読むために毎日足を運んでくれている人が10人もいる、それだけで僕は幸せだったのだ。それだけで充分やっていけると信じていたのだ。少なくとも10年前、あの冬の日までは。



 本当のことを言えばこの10年前のことについては、一生自分の胸の内だけにしまっておくつもりだった。
 あまりにも個人的なことで話しにくいというのもあるし、それにどう上手くぼかしたとしても登場人物各位に迷惑がかかるのはやはり避けられない。今はもうほとんどがネットから姿を消しているとはいえ、やはり一時でも世話になった人達の名誉に関わる事実を暴露する結果になるのは僕としても心苦しい。だからこそこの10年間、僕はずっとこの話に関してだけは固く口を噤み続けていたのだ。

 それがどうして今になって話そうという気持ちになったのかは、うまく説明するのが難しい。10年経った今でも僕の心の傷はいっこうに癒えてはいないし、当時あった些細なあれこれを思い出そうとするだけで頭は痛みで割れそうになる。全部話してしまったところで胸のつかえが取れて楽になれるわけでもないだろう。むしろ恥ずかしさで布団をのたうち回ることになる確率のほうが、ずっと高そうだ。
 それを知りながらなお僕が「いま」話さなければならない理由は、きっとひとつしかない。
 僕は、彼女を忘れたくないのだ。その記憶がどれだけ悲しみと後悔を引き連れて僕を襲おうとも、失いたくないのだ。彼女と過ごしたあのかけがえのない日々を、いつまでも覚えていたいのだ。
 
 だからいま僕は自らの記憶のいわば備忘録として、この物語を書いている。読んでくれる読者が何人くらいいてどんな感想を抱くかなんてことは、今回に限っては二の次の問題だ。これはきわめて個人的な文章、もったいぶった言い方をすれば僕の「自伝」であるからだ。誰のためでもない、僕は僕自身のためにあの頃を記し留めるのだ。そう、彼女と過ごしたあの頃、
 テキストサイトが僕らを結びつけていたあの頃を―――





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■索引■
◇第一章     
◇第二章      
◇第三章       
◇第四章    
◇第五章    
◇第六章    
◇第七章    
◇第八章     
◇第九章    
◇第十章        
◇第十一章    
◇第十二章    
◇第十三章     
◇第十四章    
◇第十五章    
◇第十六章       
◇第十七章    
◇第十八章     
◇第十九章       
◇最 終 章