Wise men say, Only fools rush in
賢者は言う、愚か者こそが事を急ぐと

But I can't help falling in love with you.
でも僕はいま、君に恋をせずにはいられないんだ
“I can't help falling in love with you" Elvis Presley

■第二章(1998.September)3■

「まあ、紹介した時からこういう展開になるんちゃうかなと、なんとなく予想はしとったで」

 クボタがドリンクバーの氷を下品に噛み砕きながら言った。
「可愛いし性格は良いし、おまけに漫画オタクでお前のファンや。よくよく考えてみたら好きにならんほうがおかしいっちゅう話やな、逆に」
 そう言われると急に恥ずかしくなってきた。クボタに紹介された女の子にまんまと惚れて、そのクボタになんとかしてくれと泣きついて、いったい僕はどこまでこの男に手玉に取られれば気が済むのか。どうせこれをネタに後日またいいように揺すられたり、たかられたりするに決まっているのだ。しかし現実問題として惚れてしまったものは惚れてしまったのだから、それを嘆いてももう仕方あるまい。今はクボタ様のご機嫌を伺いそのお力を貸していただくようお願いするしかない。それ以外に今の僕には選択肢がないのだ。

「ミユキとはもともと手話関係のホームページの、ボランティアオフ会みたいな場で知り合うてん」
 クボタは追加注文のイタリアンハンバーグを一口に頬張った。もちろんこのハンバーグもその前にクボタが平らげたドリアもチキンステーキもミックスピザも全部、僕の奢りだった。
「最初はボランティア活動とかしてみたらモテそうやとか、障害者の女の子って心が綺麗そうやとか、そういうヨコシマな動機で手話に手え出したんや。でもそんなん幻想やった。障害者なんてな、みんな実際のとこは性格歪みまくりやで。それにボランティアなんて聞こえはええけどな、やらされたんは椅子の片づけだのなんだのいう地味な肉体労働ばかりやった。もう二度と来るか、と帰ろうとしたら、そこにミユキがおったんや。自然に挨拶されて自然に会話できたもんやから、俺は彼女もボランティアの人やとすっかり勘違いしてもうたんやな。いつものように口説きにかかって携帯の番号聞き出して、次にデートしたとき初めて彼女も難聴者やったいうこと知ったんや」
 クボタが手話をやっていた、というのは初耳だった。まあどうせいつものようにかじった程度で飽きて投げたのだろうが。それよりミユキがそんな手話関係のホームページなどに出入りしていたことのほうが意外だった。補聴器さえあれば普通に会話ができるのだから手話なんて必要ないだろう、となんとなく楽観的に思っていたからだ。
「先に俺の立場を表明しておくとやな」とクボタは言った。
「俺はミユキのことは、友達として好きやとは思うとる。けどその先に進んでどうこうしよういう気持ちは、これは全然ないねん。その理由はいろいろあるけど、正直に要約すればやっぱり彼女が障害者だからや。俺は女にだらしない、ひどい男やと自覚しとるし、それで女の子を傷つけたり恨みを買ったりするんは仕方ないと覚悟もしとる。でもさすがの俺でもな、障害者の女の子にまでそういうことはできへんよ。俺のわずかな良心が痛むわ。だから」
 クボタはまるで被告人を糾弾する弁護士のように僕に指を突きつけた。
「お前があの子とくっついてくれたらな、俺としても大助かりなんや。友達の彼女、って距離が一番楽や。変に気を使う必要もなくなるやんか」
「なあ」僕は久しぶりに口を開いた。
「最初から遊びでつきあうって概念しかないわけ? 本気で付き合ってみて、それから上手く続けられるか考えてみる、って選択肢はないのか?」
「ない」とクボタは即答した。僕はそれ以上の説教を断念した。

 しかしクボタがそのような最低最悪の男であることは、僕にとって都合の良いことではあった。ミユキはクボタのひどさに呆れ、傷つき、そのうち僕の優しさに気づき僕になびく。そういうシナリオになるはずだった。
 でももちろん現実はそんなにうまくいかなかった。

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