Wise men say, Only fools rush in
賢者は言う、愚か者こそが事を急ぐと

But I can't help falling in love with you.
でも僕はいま、君に恋をせずにはいられないんだ
“I can't help falling in love with you" Elvis Presley

■第二章(1998.September)4■

 我がホームページ「ルナティック雑技団」のアクセス数はここ二ヶ月の間ずっと一日10から20のあたりを彷徨っていた。10を割ることはなくなっただけ前進しているといえば前進しているのだろうが、それにしても地味な前進だ。その10人の常連のうちの一人がミユキなのだと思うと嬉しいような情けないような、なんとも複雑な気分になる。
 僕が憧れてやまない「ウガニクのホームページ」や「クリアラバーソウル」、「"FUNNY" GAMER'S HEAVEN」といった大手カリスマサイトには数百人という途方もない数の読者が毎日訪れているという。そんな大勢に自分の文章が読まれるというのはいったいどんな気分なのか、この頃の僕には想像もできなかった。

 クボタのサイトのことにも少し触れておこう。「Folklore(フォルクローレ)」という名前で、インディーズバンドのライブ日程などを扱うのがメインの音楽系情報サイトだ。バンド関係に興味のない僕には面白くもなんともないサイトなのだが、そっち系のファンにはそれなりに支持されているらしい。クボタの自己申告によれば一日100人の読者のうち70人くらいは女の子、だそうだ。掲示板なんてキャピキャピとしたピンク色の書き込みばかりで腹が立ってくるほどだ。僕の掲示板なんてまだ設置以来、一人として女の子になんて書き込んでもらったことがないというのに。
 クボタは小太りで老け顔の、どちらかといえば不細工に分類されるべき男なのだが、どういうわけか女の子にはよくもてた。とにかく口が上手いのだ。女の子が言って欲しい言葉を、言って欲しいタイミングでさらりと口にしてしまう。これは簡単なことのようでいてすごく難しいことだ。少女漫画を読んで育った僕には、その難しさだけはよくわかる。
 クボタは女の子とセックスすることにはそれほど興味がない。女の子を自分に惚れさせ、取り巻きにさせるのが好きなのだ。「やってしまうと後が面倒臭い」というのが彼の言い分なのだが、そのセックスを求めない姿勢がまた女の子の信頼を勝ち得るという好循環を生んでいるようだった。あれだけたくさんの取り巻きを抱えながら女の子同士が大きな喧嘩もせず仲良くやっているのだから、大したものだと感心するしかない。羨ましいとは思わないが。


 三日後にそのクボタから待望のメールが届いた。


 「喜べ」
10/3の土曜日、俺とミユキの二人で江ノ島に遊びに行くことになった。
お前は案内役として合流しろ。俺は頃合を見計らって帰るから、後は二人で頑張れや。


 さすがはクボタ、期待を遥かに上回る完璧なアシストだった。
 だがこの作戦には問題が一つだけあった。
 僕は女の子と二人きりで遊んだことが今まで一度もなかったのだった。


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