Wise men say, Only fools rush in
賢者は言う、愚か者こそが事を急ぐと

But I can't help falling in love with you.
でも僕はいま、君に恋をせずにはいられないんだ
“I can't help falling in love with you" Elvis Presley

■第二章(1998.September)2■

 ミユキのホームページ「SnowDrop」はその当時の「日記系」と呼ばれる個人サイト群がどこもそうしていたのと同じように、「About」「Diary」「Bbs」「Link」の四つのコンテンツによって構成されていた。
 「About」にはミユキの自己紹介文が載っていた。家は西武新宿線の沿線のどこかの駅近く。古本屋でアルバイトしている女子大生。難聴のことは何も書いていなかった。まあそこまで書いてしまうと個人を特定される可能性が出てきてしまうので、それを恐れたのかもしれない。驚いたのは年齢だった。21歳。幼い顔立ちとアニメ声のせいで年下だとばかり思っていたら、同い年だったとは。
 「Diary」は三日に一度程度のペースで更新されていた。内容は今日は何を食べて美味しかった、何の漫画を読んで面白かった、という単なる報告がほとんどだった。時々謎のポエムのようなものが何の前触れもなく現れることがあったが、そのどれもが「生きてるって素晴らしい」「頑張れば夢は叶う」といった読んでいるだけで恥ずかしくなってくるような中二的テーマばかりで、率直に言って凡庸だった。まあ21歳になってこんな詩を載せていられるのはある意味でピュアというか、ミユキらしくて好感は持てたが。
 その日記の過去ログの途中に突然僕のサイトの紹介文が出てきてびっくりさせられた。

「男の人なのにいっぱい少女漫画を読んでいてすごいです!
私よりも乙女心というものを理解なさっているようです(笑)
こういうかたに愛される女の人というのは、きっと幸せでしょうね〜」

 たぶん僕がサイトを始めてこのかた、いや今までの人生全てを振り返ってみても、これほど嬉しいと思った言葉はないだろう。思わずモニタに頬擦りしそうになったくらい、僕は心の底から浮かれた。お父さんお母さん産んでくれてありがとう、と虚空に向かってまるでメタルバンドのライブのように何度も頭を揺さぶり続けた。
 とりあえずは昨日のお礼だけは迅速に済ませておこうと、僕はトップページの片隅に書かれていたメールアドレスに「昨日はどうも。また遊びましょう」というような文面を送った。もっと情熱的なことを書きたいのはやまやまだったが、会ったばかりの男からそんなラブレターめいたメールをもらっても引くだけだろう。
 ミユキからの返事は二時間後に返ってきた。


 「Re:お疲れ様でした」
どうしてメールアドレスがばれてるんだろう(笑)
こちらこそ相手してくれてどうもありがとうでした!
また機会あったら遊んでくださいね。それでは。


 じゃあ今すぐにでも、と返信を書きかけたが、もちろん会ったばかりの女の子にそんなメールを送れる度胸は僕にはない。でもこのまま口を開けて「次の機会」とやらを待ち続けることもできそうになかった。
 頼みの綱はクボタだけだった。僕はすぐさまクボタの携帯に電話を入れた。

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