May your heart always be joyful 君の心がいつも喜びに満ちあふれていますように May your song always be sung 君の歌がいつも歌われていますように May you stay forever young 君がいつまでも若くいられますように Forever young, forever young, いつまでも若く、永遠に若く May you stay forever young. 君がいつまでも若くいられますように “Forever Young" Bob Dylan |
■第十一章(1999.January)2■ 三が日を寝て過ごしたことでようやく咳が止まり体調も戻ってきたので、四日の夕方にミユキの働いている野方の古本屋まで足を運んでみた。ミユキが今日から出勤していることはメールで教えてもらっていたし、教えてくれたということは僕が押しかけてくることも想定の範囲内ではあるだろう。迷惑になりそうな様子なら話はできなくてもいい、ミユキの姿を一目見て帰ってこれればそれでいい。それだけで僕は元気をもらえるのだから。 古本屋の中はかなり混んでいた。おそらく正月休みの退屈さに耐えかねて家を飛び出してきたのだろう、普段は滅多に見かけることのない40代50代の私服のおっさんが小説のコーナーを立ち読みで賑やかしていた。少年漫画の棚の前など中高生が大量繁殖していて通り抜ける隙すらなかった。 ミユキは客が売りに持ってきた漫画の査定をしているのか、レジの奥で何かの表とダンボールの中の漫画を忙しく首を振って見比べていた。どうやら一番間の悪い時に来てしまったようだった。僕はミユキに話しかけるのは早々に諦めて、比較的空いていた劇画漫画の棚で立ち読みを始めた。「ノーマーク爆牌党」を三十分くらい集中して読んでいると、後ろから誰かが覗き込む気配を感じ僕は振り返った。エプロン姿のミユキが立っていた。 「その絵、片山まさゆきだよね? 麻雀漫画?」 ミユキが僕の脇からページを覗き込んできた。 「片山まさゆきの漫画は全部麻雀ものだよ」と僕は笑った。「『ぎゅあんぶらあ自己中心派』とか有名じゃない? 読んだことない?」 「読んだことはあるけど、内容はよくわからなかった」とミユキは残念そうに言った。 「なら『片山まさゆきの麻雀教室』を先に読んでおくといいよ。僕も初心者の頃、あの漫画には本当に世話になった」 「今度読んでおくよ。今は仕事に戻らなきゃ」 ミユキが背中を向けようとしたので、僕は慌てて「終わるの何時?」と尋ねた。 「四時だけど…ユキオ君、体調悪かったんじゃないの?」とミユキが眉をひそめて言った。 「漫画読んでたら、元気になってきた」と僕は腕を振ってみせた。まだ体力が完全に戻っていないのは事実だったが、ミユキに会えて元気が沸いてきたというのも本当のことだった。 「それならいいけど。じゃ、また後でね」 ミユキは笑って手を振り、奥のレジに戻っていった。気のせいか、今日はずいぶんと機嫌が良いようだった。 「ノーマーク爆牌党」を読破した後、僕は同じ竹書房エリアにあった「銀と金」を手に取って読み始めた。四時を十五分回った辺りでミユキがエプロンを外して駆け出てきた。今日もジーンズにスニーカーというラフな格好だった。 「ごめんね、引継ぎに時間かかっちゃって」ミユキが弾む声で言った。 「そんな慌てなくて良かったのに」と僕は言った。本当に漫画さえ読んでいられれば、僕は五時間でも十時間でも平気で時間を潰していられるのだ。 古本屋の自動ドアが開いたとたんに木枯らしが僕らを出迎え、ミユキがまたジャケットのジッパーを一番上まで閉じて手袋をつけはじめた。そこまでするほどの寒さだとは僕は感じなかったが、女の子というのは総じて寒がりなものらしい。同じ生き物だと考えて扱うと痛い目に遭う、という噂くらい僕だって聞いたことはある。 「麻雀て面白い?」 駅に向かう商店街を並んで歩く途中、ミユキが僕に訊ねかけてきた。 「面白いよ。とりあえずゲームで練習から始めてみたら?」と僕は答えた。「ネットでも対戦できるんだよ。東風荘っていって、最近流行ってるんだ」 「へええ、すごいねえネットって。なんでもできるんだね」とミユキは言った。 「そのうち何万人がいっぺんに戦えるドラクエみたいなゲームとか、そういうのもできちゃったりするのかな」 「夜11時迎えた途端に全員一斉に落ちそうなゲームだね、それ」と僕は笑った。まさかほんの三年後にテレホタイムという言葉自体が死語化しオンラインRPGの時代が到来するとは、このときの僕には当然思いつきもしなかったのだった。 「ところでユキオ君、初詣行った?」とミユキが言った。 「まだ行ってない」と僕は答えた。初詣どころか、外出するのもこれが今年初めてだった。 「じゃあ行こうよ。実はわたしもまだなんだ、寝正月してたから」 「今から?」 「時間ない?」 「あるよ、もちろんある」 ミユキがにっこりと笑った。ミユキのほうから僕に何か誘いをかけてくるのは本当に珍しいことだったので、僕は風邪の名残でなにか幻覚でも見ているのではないかと思わず尻をつねって確かめてしまった。 ちゃんと痛かった。間違いなくこれは現実の誘いだった。 と言いつつ僕はミユキの後を歩きながら、昔はまっていたプレステのゲーム「ときめきメモリアル」のことを思い出していた。 あのゲームでは好感度が上がってくると下校の時間に女の子のほうから頬を赤らめ「一緒に帰りましょ」と誘ってくるようになる。今のミユキはまさにそんな感じだったではないか。 これは伝説の木の下で告白してもらえる日も遠くないかも、なんて一人浮かれていた僕は、やはりウイルスに脳をやられていたのだろう。 |