Wise men say, Only fools rush in 賢者は言う、愚か者こそが事を急ぐと But I can't help falling in love with you. でも僕はいま、君に恋をせずにはいられないんだ “I can't help falling in love with you" Elvis Presley |
■第二章(1998.September)6■ それから僕らはしばらくの間、四人でドリームランドの園内を一通り歩いて見ていった。僕以外の他の三人はドリームランド初体験だったので、神奈川県民で常連の僕が必然的に案内役に回った。アオヤマが客の少なさと乗り物のチープさを見るたび驚きの声を上げてくるのが、いちいち鬱陶しくて腹立たしい。 「ていうか、もうすぐ潰れちゃうんじゃないのここ? 日曜日にこんなのってありえないよ。ジェットコースター、さっきから一回も動いてないじゃん」 「うるさいな、ここはこういうとこなんだよ」 これでも30年くらい昔は衛兵のパレードが園内を勇ましく巡回する、にぎやかな遊園地だったのだが…東京ディズニーランドができてからというもの、入場客は年々減る一方。今では休日にも乗客が揃わずジェットコースターを動かせないような状態になってしまっていた。アオヤマの言う通り、潰れるのももう時間の問題なのだろう。地元民としては寂しい限りだ。 「おいおい、このゲーセンえらいヤバイことなっとるで」 ベニヤ板の手作り感溢れるお化け屋敷の前を通り過ぎたあたりで、クボタが隣のゲームコーナーに反応した。 「レトロゲー山ほど揃っとるやんか。おいアオヤマ、やってくやろもちろん」 「レトロゲー? うん、でも…」アオヤマがちらりと僕を見た。 「ああ、二人は放っといてええよ」とクボタ。「こっから先は一対一デートの実戦練習やからな」 「え?」僕は慌てた。「ちょ、ちょっと待てよ、いきなりそんな無責任な」 僕は必死でクボタのシャツにしがみついたが、クボタはその手を冷たく振り払いそのままゲームコーナーに消えてしまった。 さやさんがにこにこしながら「行きましょ? ユキオ君」と言った。 さやさんの好みなど皆目見当もつかなかったので、無難なところとしてまず僕は最初の乗り物として「ジャングル探検隊」をチョイスした。ガイドと一緒にボートで密林の秘境を一周する、 要はディズニーランドにあるジャングルクルーズのパクリなのだがこのガイドの案内がなかなか面白い。 「ガラガラと、レールに乗ってワニが走ってきました。一匹はレールが壊れているのでもう何十年も動く気配がありませ〜ん」などと、 設備の古さを自虐ネタにして笑いを取ってくるのだ。さやさんは終始手を叩いて笑っていた。 一歩間違えれば怒り出されてもおかしくないような紙一重なアトラクションだったが、気に入ってくれたようで一安心できた。 なぜならドリームランドには紙一重でないアトラクションなど存在しないからだ。 ジャングル探検隊の後は水が濁っている上に窓が曇っていて外がよく見えない「潜水艦」に乗り、錆びたレールの軋む音が別の意味で怖いウォーターコースター「ボブスレー」に乗り、「カリブの海賊」をそのまんまパクった「大海賊」に乗ったところで、 さやさんが「そろそろちょっとお茶したいな」と言ってきた。 確かに少々オーバーペースだったかもしれない。なにぶん会話の引き出しが少ないもので、間を持たせようとするとどうしても落ち着きなく動き回りがちになってしまうのが僕の悪い癖だった。本気で女の子とつきあいたいと思うなら、こういうところは少しずつでも改善していかねばならないのだろう。 今や街で見かけることの難しくなったドムドムバーガーでアイスティー2つとポテトを頼み、ガラガラの席に運んだところで待ちかねたようにさやさんが質問を浴びせかけてきた。 「ねえ、ミユキちゃんってどんな子? かわいい? 性格いい?」 まるで休み時間の女子高生のようなテンションに僕はたじろいだ。しかしミユキの名前まですでに知っているとは、いったいクボタはどこまで僕のことを人に喋り回っているのだろうか。 「かわいい…と思いますよ。少なくとも僕は。性格はまだよくわかんないです」 「写真とか持ってないの?」 「持ってるわけないじゃないですか。こないだ初めて会ったばかりですよ」 「あ、そっか」さやさんが残念そうに唇をすぼめた。 「そんな期待するほどではないと思いますよ。どっちが美人かって言ったら、さやさんのほうが全然美人です」 「あら、お世辞どうもありがと」とさやさんは首を傾げて微笑んだ。「でもユキオ君はその子のことが好きなんでしょ? だったら今の発言は、その子にも私にも失礼だと思うな」 「す、すみません。そんなつもりで言ったんじゃないんですけど」 女の人に面と向かって失言を指摘されたのは初めてだったので、僕は動揺し言い訳を噛んでしまった。 「女の子はちょっとした言葉で深く傷ついたりするものよ? 気をつけてね」 「はい、肝に銘じておきます」僕は深々と頭を下げた。 すっかり萎縮してしまった僕を見限ったのか、トレイを下げた後でさやさんはクボタとアオヤマと再合流しようと言ってきた。 僕は内心ほっとしながらも、首尾良くデート演習を推し進められなかったことに対し落胆していた。これが恋愛シミュレーションゲームだったらもうクリア不可能なくらい好感度がダウンしているところだろう。 「そんなにしょげないでよ。私はユキオ君のエスコート、悪くないと思ったよ?」 ゲームコーナーに戻る道すがら、さやさんが僕の顔を覗き込んで言った。 「正直で飾ってなくて、居心地が良かった。そういうのが好きな女の子はいっぱいいるよ。今のままでいいと思うよ」 「はあ」と僕は気のない返事をした。それこそお世辞だ。僕という男の至らなさは僕自身が一番良く分かっている。 「クボタくんが言ってたよ」とさやさんは続けた。「君は君の持つ本来の魅力に全然気づいてない、そこが面白いって。私もそう思うよ。このまま変わらないでいてほしいとも思うし、 変わるところを見てみたいとも思う。むずかしいね」 でもその本来の魅力とやらが具体的になんなのかは、とうとう最後まで教えてくれなかった。 |