You say you want a leader 自分を導いてくれる人を求めているんだね But you can't seem to make up your mind でも君はまだ決心がつかずにいるみたい I think you better close it こんなことはもうやめにしようよ And let me guide you to the purple rain. 僕についておいで、この紫の雨の中まで “ Purple Rain" Prince |
■第十五章(1999.January)4■ 夜九時半にいつものようにバイト先のファミレスの駐輪場に自転車を止め、エントランスを抜け控え室のドアをノックした。反応がないので誰もいないものと思い扉を開くと、相方の小林がいきなり目の前に現れコートにしがみついてきたので僕は驚き、「うわっ」と叫んで両手で小林を突いてしまった。しかしサッカーで足腰を鍛え上げている小林は僕の力ごときでは微動だにしなかった。 「ユキオさ〜ん…俺、ついに別れちゃいましたよ」と小林は泣きそうな声で言った。 「別れた?」 なんて縁起でもないことを言い出すのかこの男は。僕がミユキとの希望の未来に胸をときめかせているという時に。 「ヨーコのやつ、あんなウザイ女だとは思いませんでしたよ」 小林が悔しそうに両手の拳をがつがつとぶつけた。ヨーコと言われても誰のことだか心当たりはなかったが、推測するにおそらく例のクリスマスに滑り込み交際を始めたフロアの女子高生の下の名前だろう。 「俺が友達と飲み行くって言ったら、友達って誰と誰ってしつこく名前聞いて来るんすよ? ありえないすよね」 そんなにありえない話でもないのでは、と思うのは僕が女とつきあったことがないせいだからだろうか。むしろヤキモチ焼きで可愛いと思うのだが。 「でいつ俺から振ってやろうか考えてたら、向こうのほうから『小林さんって、思ってた人と違った…』なんて言ってきやがったんですよ! 思ってたのと違った、ってのはこっちの台詞だってのに!」 まあどっちもどっちだな、と僕は心の中でつぶやいた。どっちも最初から相手の顔しか見ていなかったのだ、長続きなんてするわけがない。さすがに一ヶ月しか持たないとまでは予想できなかったが。 「結局あれですね、俺にはまともな恋人同士のつきあいとか、そういうの向いてないってことなんですよね」 小林は控え室の椅子にジーンズを放り投げ、トランクス一枚のままうんうんと頷いた。 「向き不向きなんかあるかよ。お前に甲斐性がないだけだろ」と僕は反論した。汚い太股を見せさせられて腹が立ったのかもしれない。 「甲斐性がないっていうのがつまり、向いてない性格ってことでしょ?」 「違うね。能力が足りないってことだ。性格の問題じゃない」 「能力? 何のです?」 「そりゃお前、そんなのは…」 頭の中には回答らしき単語が浮かんではいたのだが、言葉にするのが恥ずかしかったので僕は口篭もってしまった。「…自分で考えろ」 「自分で考えてわかんねえから聞いてるんすよ」 「すまん」僕は手を合わせて頭を下げた。「俺にもわからん」 「うわっ、そりゃないっすよ。期待してたのに」 小林が失望の眼差しで僕を睨みつけたので、僕は荷物を抱えて逃げるように更衣室に飛び込んだ。 俺にもわからん、という言葉は半分本当で半分は嘘だった。正確に言うとわからないのではなく、わかっているつもりでいる自分に自信がないだけだ。 なにしろ僕の恋愛戦績ときたらはほとんどが不戦敗、初めて実際にリングに上がったミユキ戦では一ラウンド失神ノックアウト負けというひどい有様なのだ。こんな僕に百戦錬磨の小林やクボタといった人種に何かを偉そうに言える資格など、あるはずがない。何か言うつもりも今のところない。 でも僕は小林やクボタのモテっぷりに嫉妬こそすれど、彼らのようになりたいとまではまったく思っていなかった。確かにたくさんの女の子とかわるがわる付き合うのは楽しいだろう、気持ちがいいだろう。でもそんなことをして結局最後に何が残る? 自分の都合でまるでコレクションを整理するみたいに女の子を次々と切り捨てて不幸にして、そんなことで満たされる優越感にどんな意味がある? 僕が思うに彼らに欠けているのは、誰かを幸せにすることを、幸せだと思える能力だ。そもそもそういう気持ちのない付き合いを「恋愛」と呼ぶこと自体が間違っているのだ、と今は思う。彼らがやっているのはただの優越感ゲームだ。小林と違ってクボタはそのことに自覚的であるようだったが、自覚的だから許されるというわけではもちろんないし、むしろ無自覚よりもっとタチが悪いといえばタチが悪い。 ミユキはようやくそのクボタの独善的な優越感ゲームのぬるま湯の中から抜け出してくれた。新しい一歩を、傷つけあうリスクも含めた本当の恋愛への一歩を、踏みだそうと決意してくれた。ならば、僕はその決意に応えてみせねばなるまい。 僕は浅はかで、ちっぽけで、何も持たない駄目な男かもしれない。でもこんな僕でもミユキを幸せにしたいと思う気持ちなら、世界中の誰にも負けはしない。その自信だけはあった。そしてミユキはきっと僕のその気持ちを理解し、真摯に受け止めてくれることだろう。僕が選んだ女の子は、そういう女の子だ。 次の日、ミユキのメールと一緒にワタベさんからメールが来ていた。 「オフ会のお誘い」 僕は見なかったことしてそのままメールソフトを閉じた。 |