The sun is out, the sky is blue
太陽が昇っている、空は青く澄み渡っている

There's not a cloud to spoil the view
雲一つ無い、見渡す限りの快晴だ

But it's raining,
でも雨が降っている

Raining in my heart.
僕の心に雨は降り続いている
“Raining in my heart" Buddy Holly

■第八章(1998.December)4■

 突然降り出してきた雨に外を歩いていた人々が続々と飛び込んできて、マクドナルド西武新宿店の狭い店内は一気に騒がしくなった。もう少し静かな喫茶店にでも移動すべきかと落ち着きなく辺りを見まわしていると、ミユキは僕のその意図を察したのか「ここでいいよ、大丈夫」と小声で言った。耳が悪い分、ミユキは人の態度から心の内を読み取る能力が常人よりも磨かれているのかもしれない。

「こないだは本当にごめんなさい。わたし、ひどい言い方しちゃった」
 ミユキはテーブルに手をついて深々と頭を下げた。気のせいか、三週間会っていない間にまた身体が少し細くなっているように見えた。
「謝るようなことじゃないよ」
 僕から謝るために用意した席なのに、先に謝られてしまった。僕はテーブルの下に潜り込むくらい深く頭を下げ、「こっちこそごめん。先に困らせるようなことを言い出したのは、僕のほうだ」と言った。
「ううん、困ったりしてない。嬉しかったよ。ありがとう」とミユキは笑った。もちろん困らなかったはずはない、困ったからこそミユキだって三週間僕に連絡できずクボタに泣きついたのだ。 でも建前でもなんでもいい、ミユキはこうして僕に頭を下げ僕の気持ちを「嬉しかった」と言ってくれた。それだけでもう充分だった。

「いまさらしつこいかもしれないけど、これだけはちゃんと言っておきたいから一度だけ、手短に言うよ。僕は君のことが、好きだ」

 ミユキは黙って僕の目を見つめていた。もしかしたら周りの雑音のせいでよく聞こえていないのかもしれなかったが、それならまあそれでいい。どうせ独り言のようなものだ。
「本当は初めて会った頃からずっと、僕は君と恋人になりたいと思ってた。でも君が僕と友達のままの関係を崩したくないって言うなら、それに従うよ。友達でいい。一緒にいられさえするなら、それでいい。今以上のことは何も望まない」
「だめだよ、それじゃ」
 ミユキは間髪入れずに言った。「それじゃなんだか、ユキオ君に我慢させるみたいじゃない」
 何か返事をしようと思ったが、うまく言葉が出てこなかった。なぜなら僕がこれからしようとしていたことはまさにミユキが言っている通り、我慢だったからだ。
「じゃあさ、こうしようよ」
 ミユキは手を叩いた。「ユキオ君はこれからユキオ君に相応しい女の子を見つけて、彼女を作るの。わたしも手伝えることがあったら手伝うからさ。ユキオ君にちゃんとした彼女ができたらわたしは安心して友達でいられるし、ユキオ君も幸せになれる。これって一石二鳥じゃない?」
 その無邪気な言葉は巨大な槍となり僕の耳を突き抜け静脈を駆け下り、僕の心臓深くに鋭く撃ち込まれた。一月前の僕なら一撃で床に沈んでいておかしくないくらい、僕は深く激しく傷ついた。でも今の僕はもう、友達としてでもミユキを支えようと心に決めたのだ。こんなことでいちいちめげているわけにはいかない。 この痛みは僕が望んで抱えようとしている痛みなのだ。僕はこの痛みに早く慣れなければならない。ミユキのそばにいるための代償と考えるなら、こんなことは大したことじゃない。きっと耐えられる。きっとすぐ慣れる。
「今までできなかったのに、そんな簡単に彼女なんてできないよ」僕は作り笑いを浮かべてみせた。
「できるよ、ユキオ君なら」ミユキは嬉しそうに言った。「ユキオ君は自分にもっと自信を持てばいいの。それだけでモテモテになれるよ。わたしが保証する」
「前向きに検討してみるよ」
 でも僕には無理だ。一番好きな女の子に振られて、その女の子に自信を持てなんて言われて持てるわけがない。
「うん、誰か好きな子ができたら言ってね。全力で応援するからさ」

 その笑顔が僕には嬉しくて、そして悲しかった。

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