The sun is out, the sky is blue
太陽が昇っている、空は青く澄み渡っている

There's not a cloud to spoil the view
雲一つ無い、見渡す限りの快晴だ

But it's raining,
でも雨が降っている

Raining in my heart.
僕の心に雨は降り続いている
“Raining in my heart" Buddy Holly

■第八章(1998.December)5■

「そうか、仲直りできたんか。そら良かった良かった」
 クボタはミックスピザを丁寧に四つに折り畳み、一口に頬張った。見ているだけで気分が悪くなるような下品な食い方だった。
「良かったんだかどうだかな」
 僕は真夏の庭先でのびている犬のように、テーブルにだらしなく身を伏せた。
「贅沢言うなや、友達に戻してもらえただけありがたい思えや。また一からゆっくり信頼積み上げてって、いつか機を見て再アタックすればええだけのことやん」
「信頼ねぇ」
 そりゃクボタなら女の子の信頼を得るくらい、造作もないことなのだろう。きっと僕の苦しさなど、半分も理解してもらえていないに違いない。
「ところでアオヤマはどうしたん? 最近姿見んけど」
 クボタが手元のブザーを押して店員を呼んだ。まだ食べるつもりらしい。そこで僕はメニューを開き出したクボタを怪訝な目で見下ろしながらついうっかりと、「さあ、デートじゃないの」と呟いてしまった。
「は? アオヤマが? デートやって?」
 クボタが身を乗り出した。「相手は誰や? 俺の知っとる女?」
 僕はようやく自分の失態に気づいたが、もう遅かった。クボタはもう興味津々という目で僕を見下ろしていた。店員がオーダーを取りに来たが、 クボタは「後で」と腕でジェスチャーし追い返してしまった。
「実は俺も良くは知らないんだ」とごまかしてはみたが、もちろんクボタがそんな曖昧な答えで納得してくれるわけがない。
「名前くらいは聞いとるやろ。ええやん、教えてや。お前と俺の仲やんか」
 僕とクボタの仲だからこそ教えたくないのだ。クボタに教えたらろくなことにならないことは、僕が一番よく知っている。
「ああもうじれったいわ、こりゃ本人に直接聞いたほうが早いわ」
 クボタが携帯を開き、発信ボタンを押した。一瞬の出来事だったので止める暇もなかった。
「もしもし、アオヤマ? 今なにしとん? おい嘘つくなや、デートやろ?  え? ちゃうちゃう、こないだ偶然街で見かけてん、で今どこや、え、やないで、今からそっち行くから、場所教えや」
 五分ほど一方的に喋り散らし、クボタは電話を切った。
「悪い、今からちょっと向こう行って来るわ」クボタがコートに袖を通し始めた。
「お、おい、まさか邪魔しに行く気じゃないだろうな」
「邪魔なんてせんせん、ちらっと女の顔を拝ましてもらうだけや」
 それだけで十分邪魔をすることになると思うのだが。
「安心せえ、お前から聞いたなんてことは言わへんから。じゃ行くで、またな」


 あるいは僕がこのとき迂闊に口を滑らせさえしなければ。あんな恐ろしいことは起こらずに済んだ、別の明るい未来がありえたのかもしれない。
 でも僕は喋ってしまったし、クボタはそれを知ってしまった。
 今の僕にできるのはそれが運命だったのだと、自分に言い聞かせて悲しみをやりすごすことだけだ。


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