Being here with you feels so right 君と一緒にいるだけで、全てがうまくいく気がするよ We could live forever tonight 僕らは永遠にこんな素敵な夜を過ごしていけるんだ Lets not think about tomorrow 明日のことなんて何も考えなくていい And don't talk, put your head on my shoulder. 何も言わないで、今はただ僕の肩に頭を預けて “Don't Talk (put your head on my shoulder) " The Beach Boys |
■第十三章(1999.January)5■ 照明をおさえた暗い店内のあちこちで、蝋燭の炎が橙色の光をゆらめかせていた。テーブルクロスの上に映りこんだミユキの影がアニメーションのように複雑に動き続け、それは僕にはミユキではない何か別の生き物の胎動のように見えた。BGMはいつの間にか「メモリーズ・オブ・ユー」に変わっていた。 「もちろん待つよ。いつまででも待つ。待たせてもらえるなら」 僕は穏やかな笑みを浮かべて言った。 「ありがとう」 ミユキは紙ナプキンで目の周りの涙の跡を丁寧に拭き取り、言葉を続けた。 「前にユキオ君、言ったよね。ずるい人間だけが生き残れるんだ、って。あの言葉をね、わたしなりに色々考えてみたんだ」 そういえば、前にそんなようなことを言ったことがあるような気がする。そんなに深い意味を込めて言ったつもりもなかったので、まさかこんなところでミユキの口からもう一度出てくるなんて思ってもみなかった。 「わたしはユキオ君にだけはズルをしたくないって、ずっと思ってたんだ。だからズルをするくらいならいっそもう会わないなんて、極端なことを言ってしまったりもした。 でも結局また会うようになって、わたしは嬉しい気持ちと一緒にまた罪悪感を抱えてしまって、ここんとこちょっと苦しかったの。 でも、ユキオ君がずるくてもいいんだって言ってくれて、少し胸が軽くなった気がした。わたしがユキオ君に会いたいなら、今わたしが生き残るのにユキオ君が必要なら、結論を引き延ばすくらいのズルはもうしょうがないんだ、って」 ユキオ君が必要。その言葉は僕をこれまでにないほど昂ぶらせた。まるでロスタイムに逆転ゴールを決めたサッカー選手のように、一瞬本気で椅子を蹴って辺りを走り回りかけたくらいだ。 「君は全然ずるくないよ」 深呼吸して気持ちを落ちつかせた後、僕は言った。「結論を延ばすっていうのは、それだけじっくりと真剣に考えてくれてるってことだろ? その真面目さは君の長所だよ。ずるいのとは違う」 ミユキは少し天井を仰いで考えて、「そっか。真面目って言い方があるのか」と言った。「ものは言いようだね」 「僕は君と違ってほんとにずるいから、お世辞は上手いんだ」 「あはは、ほんとだね」とミユキが笑った。 それから僕らは運ばれてきたままずっと放置していたシーフードパスタと牛頬肉の煮込みの残りを取り皿に分け直し、黙々と食べ始めた。料理は冷えてしまっていたが、僕の心は温かかった。 「最近、ユキオ君はかっこよくなったよ」 ミユキが前置きもなく突然奇妙なことを言いだしたので、僕はむせてグラスの水をこぼしてしまった。 「何? お世辞のお返し?」僕は咳こみながら言った。 「ううん、お世辞じゃないよ。なんていうのかな、前よりどっしりした感じ。頼りがいがあるっていうか」 「今までがあまりにも頼りなさすぎたんだろうね」 「そんなことはないけど」とミユキが笑った。 「オフ会をやってもらおうと思ったのもね、それがちょっと関係してるの。かっこよくなったユキオ君が、もっと大きな舞台に羽ばたいていくのをこの目で見届けたいな、って思って」 「そんな大げさな」 ミユキはゆっくりと首を振った。そして今日初めての満面の笑みとともに、 「頑張ってね。ユキオ君ならきっと、うまくまとめられるから」と言った。 ミユキがデザートも奢ると言い張ったが、僕は固辞した。すでに結構な金額を飲み食いしていたし、お腹もいっぱいだったからだ。ミユキは不服そうにウェイターを呼び、自分の分のティラミスを一つ注文した。細い割に良く食べるな、と思わず感心してしまった。 ティラミスが運ばれてくると、ミユキはフォークで正確に二等分し半分を空いた取り皿に乗せ、僕の前に置いてきた。 「いいよ、僕はいらないからミユキが全部食べなよ」 僕は皿ごとミユキに返却しようとしたが、ミユキが腕でブロックした。その必死な姿がおかしくて愛おしくて、僕はいつまでも笑い続けていた。涙まで滲んできたのは、これは笑いすぎて呼吸が苦しくなったせいだ、ということにしておこう。 |