Walk on through the wind
風の中を歩いていくんだ

Walk on through the rain
雨の中を歩いていくんだ

Though your dreams be tossed and blown.
たとえ君のその夢が嵐に吹き揺らされようとも
"You'll never walk alone" Gerry & The Pacemakers

■最終章(1999.March)1■

「墓参り…ですか?」

 ミユキの姉はミユキそっくりの声で、僕の質問を繰り返した。
「ええ、墓地の住所だけ教えてくだされば結構です」と僕は言った。「行き方はこちらで調べて、後日勝手に伺わせていただきますので」
 ミユキの姉はしばらく沈黙した後で、
「そうですね、住所を教えるのはもちろんかまわないのですが…」と困ったような声で言った。
「うちの一族の墓は北海道の真ん中なんていう辺鄙な所にありまして、調べてもたぶん行き方はわからないんじゃないかと…それにまだ、四十九日が済んでいないんですよ。納骨は来月末まで待たせてしまうことになります」
「それは承知しています。承知の上で、お聞きしたいんです」と僕は言った。死者の魂は四十九日までは次の生まれ変わりの準備のためにまだこの世を彷徨っている、だから納骨は人が死んでから四十九日後に行うのだと昔なにかの本で読んだことがあった。
「そうだ、じゃあそういうことなら」
 ミユキの姉がさも名案を思いついたというように、早口に言った。こういうところは本当にミユキに似ている、と思った。
「四十九日に合わせて私も実家に帰るんですけど、もし予定が空いているようならユキオさんも一緒に来ませんか? 旅費だったら私が全額持ちますし、私の実家の客間で良ければ宿の心配もいらないですよ」
 僕は少しだけ考えて、せっかくのお誘いですがその時期はこちらも忙しくて、と言って逃げた。納骨に立ち会いたいという気持ちがないわけではなかったのだが、ミユキの家族と旅費やら宿代やらのことで払うの払わないのと何度もごちゃごちゃやりあうのは面倒だった。 それにミユキの姉と北海道まで二人旅、というのはあまりにも気まずすぎる。個人的なポリシーの問題としてもミユキの姉とこれ以上関わって親しくなるのは、なんとなくミユキを裏切るようで心苦しかった。なまじミユキの姉はミユキに良く似ているだけに、うっかり心惹かれてしまってますます面倒なことになるのが怖くもあった。
「実はこの冬休みに、ちょうど北海道を旅行する予定がありまして」と僕は言った。説明するまでもないだろうが、当然嘘だ。
「そのついでに場所だけでも確認して来れたらと思うんです。お願いします、そちらにご迷惑は一切おかけしませんので住所だけ教えてください」
 ミユキの姉は少し躊躇いの間を置いた後で、「わかりました、そういうことならお教えしておきます」と言った。そしてメモを取りやすいようゆっくりと区切りながら住所を教えてくれた。
「その住所に着いても詳細がわからない場合は、すぐこの携帯に連絡してください。いつでも出られるようにしておきます」とミユキの姉は言った。僕はお礼を言って電話を切った。




 三月一日の早朝に僕はバイトで貯めていた金を全部下ろし着替えを鞄に詰められるだけ詰めて上野駅に向かい、窓口で青春18きっぷを購入しちょうど出発間際の宇都宮線に飛び乗った。
 もともと新しいパソコンを買おうと貯めていた金だ、その気になれば飛行機ででも特急新幹線ででも楽に往復して帰ってこれるくらいは持っていた。が、あえて僕は鈍行を選んだ。別にこの期に及んで金をケチろうと思ったわけではない、今さら金になど何の未練も執着もなかった。だからなぜわざわざ自分が鈍行乗り継ぎなどという一番面倒な交通方法を選んだのか、そもそもまだ納骨も済んでいないミユキの墓をわざわざ訪れようだなんて決めたのか。これは当時も今も実はよくわからないままでいるのだ。
 たぶん、僕は苦労をしたかったんだと思う。苦労をして時間をかけて北の果てまで旅をし、ミユキのために頑張って何かをしてやった気になりたかったんだと思う。そんなことは単なる自己満足に過ぎない無駄な行為だと、最初から気がついていたのだとしても。


 郡山から福島、山形を回り、奥羽本線に揺られて秋田県の大館に着いた頃にはもう夜十時を過ぎて続きの電車がほとんどなくなってしまったので、降りて一泊することにした。ずっと背中を丸めて座りながら本を読んでいたため、十数時間ぶりに立って歩いて改札を出たところで腰の痛みと眩暈に襲われよろけてしまった。
 根雪の残る大館駅前の繁華街でできるだけ安い宿を探そうと歩きはじめたが、あまりの寒さと体調の悪さに次第に面倒になってきて僕はたまたま目に付いたビジネスホテルにそのまま飛び込んだ。ある程度取られることは覚悟していたが、フロントには素泊まり三千円と書いてあった。意外な安さにほっとしている自分に気がつき、苦笑した。金なんてもうどうでもいいと思っていたくせに、こういうセコさだけはたとえ死んでも消しきれないものらしい。
 金額の割に広く立派な部屋を探検することもなく、僕はコートを床に投げ捨てベッドに飛び込みそのまま泥のように眠った。


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