If there was a way もし他に何か方法があったなら I'd hold back these tears 僕はこんな風に涙に濡れることもなかったのかな But it's Christmas day でももう今日はクリスマスなんだ Baby please come home. だから帰っておいで、僕の元へ帰っておいでよ “Christmas (baby, please come home)" U2 |
■第十章(1998.December)7■ 帰りの山手線のドアにもたれながら、僕はずっとミユキのことを考えていた。 ミユキはどんな気持ちでこのマフラーを編んで、どんな気持ちで僕に渡したんだろうか。ミユキの中で僕は今、どんな位置にいるのだろうか。 少なくとも嫌われてはいない、と思う。いくら本命の男に渡せなかったプレゼントの在庫処理とはいえ、嫌いな男に押しつけるなんてことは普通しないだろう。 それで「嫌われていない=好かれている」と思い込むほど今の僕は短絡的ではなかったが、でもやはり期待はしてしまう。少なくともこのマフラーは敗者復活戦にもう一度名乗りを挙げる根拠としては、充分だ。 それにミユキは今日僕に初めて、自分の内側の部分をさらけ出して見せてくれた。それはどうでもいいと思っているような人間相手には、絶対にできないことだ。ある程度以上は僕を信用してくれているから、大切に思ってくれているからこそ話してくれたのだ。それが何より嬉しかった。このことだけで今日あった色々な苦労は全て報われたと思う。 とりあえず、僕にできるベストは尽くした。後はクボタに以前言われたように、こつこつと少しずつ彼女の信頼を積み上げていけばいい。焦らなくともいい。時間ならまだまだ、たっぷりある―――――そう思った。 その判断が間違いであったことにこの時気がつかなかったのは、これは僕のせいではないと思う。そう信じたい。 「クリスマス殲滅オフ」の会場は有楽町のガード下、スラムのような汚い飲み屋通りにあった。 時間はそろそろ七時になろうとしていた。辺りはもうすっかり闇に包まれ、あちこちの店から酔っ払いの陽気な騒ぎ声が漏れ聞こえていた。 オフの開始は五時半だったので、すでに一時間半の遅刻だ。二時間制ならもうラストオーダーの声が聞こえていてもおかしくないくらいの大遅刻ではあったが、まあ七時やそこらで終了お開きということはあるまい。二次会があるなら遅刻のペナルティ分はそこで挽回すればいいだろう、と軽い気持ちで飲み屋のドアを開けると…不意に耳朶の後ろに冷たい感触を覚え、僕は恐怖で飛び跳ねた。 振りかえるとそこにはよく肥えた眼鏡の男が冷徹な笑みを浮かべて立っていた。冬なのになぜかピチピチのタンクトップ一枚で、下には赤いジャージを穿いていた。まるで出来の悪いフレディ・マーキュリーのコスプレを見ているようだった。 「やあ…よく来たね。待っていたよ、ユキオ君」 男が僕の耳元で不気味に囁いた。いったいいつの間に背後を取ったのか。気配はまったく感じなかったのに。 「私の名は阿仁木。そこに座っているのが、幹事のワタベくんだ」 阿仁木と名乗った男が指差した先に、白いスーツに身を包んだ美青年が佇んでいた。まるでどこかの演歌歌手かIT社長みたいに見えた。 「やあ、ユキオ君。僕が『ラジカルヘブン』管理人、ワタベという者だ。そこにかけて楽にしてくれ。これからのテキストサイトの未来について、共に語り合おうじゃないか」 「テキストサイト?」 ワタベさんが口にしたのは、僕が今まで聞いたことのない単語だった。 「最近はそういう呼び方をすることもあるらしい。僕は気に入ってるので使っている」とワタベさんは言った。 「テキストサイト。良い響きじゃないか。文章のセンスを競いあう、高貴な趣味だ。少なくとも、クリスマスの夜に女と街をブラブラ歩くよりはずっと楽しいさ。そうだろうユキオ君?」 パキン、という小気味良い音とともにワタベさんの持っていたワイングラスが砕け散った。能面のような笑みをぴくりとも崩さなかったのが逆に不気味だった。 狭い店内には聞きなれない声の女の子が歌うR&Bがかかっていた。今月彗星のように現れた新人で、たしかウタダなんとかという帰国子女だとテレビで騒いでいたのを僕はおぼろげに思い出した。 「さて、今日のこれからの予定だが…君はどこまで聞いている?」ワタベさんが僕に訊ねてきた。 「どこまでって…何も聞いてないですけど」と僕は答えた。 ワタベさんは顎に手をやり、「ふむ、それは困ったな」と言った。「順を追って説明してやりたいところなんだが…阿仁木君、時間は?」 「七時十五分です。そろそろ動くべきかと」と阿仁木さんが答えた。 「仕方ないな」と呟き、ワタベさんが立ち上がった。と同時に周りにいた十数人のオフ会参加メンバーと思われる男たちが一斉に立ち上がった。 「ユキオ君、すまない。説明している暇がなくなった。君はとりあえずそこの阿仁木君と一緒に行動し、バックアップに回って欲しい」 バックアップ? 何のことを言っているのかまったくわからなかったので色々と想像を巡らせているうち、ワタベさんと男たちは僕を無視して円陣を組みだした。 「よし、時は満ちた! 往くぞ、諸君!」 「はい!」 大声で気合いを入れた後、すぐに全員が店を飛び出して行ってしまった。 僕が呆気に取られていると、またしてもいつの間にか後ろに立っていた阿仁木さんがぽんと肩を叩いてきた。 「ついておいで…見せてあげるよ。本当の、クリスマスの |