If there was a way
もし他に何か方法があったなら

I'd hold back these tears
僕はこんな風に涙に濡れることもなかったのかな

But it's Christmas day
でももう今日はクリスマスなんだ

Baby please come home.
だから帰っておいで、僕の元へ帰っておいでよ
“Christmas (baby, please come home)" U2

■第十章(1998.December)8■

 銀座通りに出ると、ワタベさんに付き従った男たちは全員鞄から取り出した覆面を被り始めた。ビニール素材で伸縮性に優れた、テロリストや誘拐犯が使うような本格的な覆面だった。この時点で既に嫌な予感が胸を渦巻き始めていたが、僕の背後では阿仁木さんの目が光っていた。逃げ出すことは不可能だった。

「よーし、皆の者! 刺れ! 犯れ! 殺ってしまえ!!」

 ワタベさんの指示で男たちは一斉に、銀座を彩るイルミネーション・ツリーの元に散っていった。何を始めるのかと興味深く見ていると、男たちは懐からセラミックのアーミーナイフを取り出し電飾の電源コードをいきなり一刀両断に斬り落としてしまった。斬られたコードがバチッ、と断末魔の悲鳴のような音を上げ、ツリーは光を失いただの電球の巻きついた街路樹へと姿を戻していった。
「フハハハハ! そうだ! 全ての光を閉ざせ! 聖夜を闇に染めるのだ!」
 ワタベさんが両手を掲げ高らかに笑い始めた。道行く人々が一人また一人と異変に気づきだし、銀座の街は次第にざわめきに包まれ始めた。男たちは実に手際良く、ツリーのケーブル部分だけを刈り取っていく。完全にプロの仕事だった。もしかして僕が遅刻している間に、飲み屋で皆で練習していたのだろうか。もし時間通り間に合っていたら、僕もこの部隊の一員としてこんな気違い沙汰に参加することになっていたのだろうか。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか。普通に犯罪ですよ、これ」
 僕は傍に立っていた阿仁木さんを揺さぶった。
「本当にそうかな?」
 阿仁木さんが真面目な顔で言った。「ここは天下の往来だ。そこに勝手に飾られている邪魔な電飾を、 善意で片付けようとしている―――それが我々の言い分さ。決して犯罪ではない」
「ほ、本気でそんなこと言ってるんですか?」
「少なくともワタベくんは本気でそう言ってる」
「止めましょうよ、僕と阿仁木さんで。今からでもこんなことやめさせないと」
「止める? なぜ?」
 阿仁木さんは冷たい目で微笑んだ。「見てみなよ、ワタベくんのあの表情。最高にセクシーじゃないか? フフフ…」
 最前線で指揮を取るワタベさんはセクシーかどうかは知らないが、確かに恍惚の表情をしていた。おそらく脳内麻薬でハイになっているのだろう。
 やがてついに銀座通りから全てのツリーの光が消え去った。「銀座通り制圧しました!」「晴海通りも制圧完了です!」とどこかで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「よし! 次は丸の内地区だ! 総員進軍!」
 ワタベさんが走り出したので、僕と阿仁木さんも慌てて後をついていった。

 ワタベさん率いるクリスマス殲滅部隊が次のターゲットに選んだのは、有楽町から東京駅に向かう途中にある丸の内仲通りだった。高級ブランドショップが居並ぶ瀟洒な通りから、次々に電飾の明かりが消えていく。並木のすぐ脇のベンチで愛を語らっていたカップルの女の子が突然現れた覆面姿の男たちに驚き、悲鳴を上げた。耳を切り裂かれるような高音の絶叫が閑静な通りに木霊して響いた。
「隊長! 警察です! 警察が来ます!」
 ワタベさんの元に男が一人すごい勢いで走ってきて、報告を入れた。
「よし撤収!」とワタベさんがものすごい大声で叫んだ。「現時刻をもってクリスマス殲滅オフを解散とする! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
 挨拶と同時に覆面の男たちは全員、一目散に逃げていった。いまだ事態についていけず口をあんぐりさせている僕にワタベさんが気づき、悠然と歩いて近づいてきた。その後ろから警官が一人走ってきて、いきなりワタベさんを背中から羽交い締めにした。
「おい! お前ちょっと署まで…」
 しかしワタベさんは冷静に、まるでウナギのようにするりと警官の腕から身体を抜き背後から首筋に手刀を入れた。急所に決まったらしく、警官は膝から崩れ落ち気絶した。
「ユキオ君、すまなかったね。君には詳しく説明する時間がなかった」
「い、いや、そんなことより早く逃げましょうよ。これやばいですよ」
 足下には警官が大の字にのびていた。このままでは増援が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。僕もすぐ逃げないと、冗談抜きにやばい。
「僕と阿仁木くんはこれからもう一仕事あるんだ。今日はここでお別れのようだね…また会おう、ユキオ君。さらば!」
 ワタベさんと阿仁木さんは交差点の向こうに走っていき、二人一緒に皇居の堀の中に飛び込んだ。ザッボーン、という激しい水音が僕のところまで聞こえてきた。と同時にパトカーのサイレンの音が近づいてきたので僕は大急ぎで近くのビルの中に消え、そのまま裏口から急いで走って逃げた。幸い僕を追ってくる者はいなかったが、念のため有楽町の駅まで歩いてそこから電車に乗って帰った。

それから三日経ってようやくワタベさんのサイト「ラジカルヘブン」に更新があった。
そこには巨大なフォントでこう書かれていた。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
25日の朝、
目覚めたら留置場の中でした(爆)



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