Would you hold my hand if I saw you in heaven?
もしも天国で会えたなら、君は僕の手を握ってくれるかな

Would you help me stand if I saw you in heaven?
僕が立ち上がるために力を貸してくれるかな

I'll find my way through night and day
でもいつか僕はすべてを乗り越えて、
自分の道を見つけてみせるよ


'cause I know I just can't stay here in heaven.
だって僕は天国になんていられるような男じゃないから
“Tears in Heaven" Eric Clapton

■第十九章(1999.February)4■

 予想していなかったわけではなかった。

 わざわざ僕の自宅を訪れてまで渡したいと言っていたくらいだ。ミユキが何かそれだけの価値があるものを僕宛てに遺していたのだろう、とまでは容易に推理がついていた。だから何が飛び出してきたとしても、耐える自信はあった。手袋までは予想の範囲内だったし、それだけなら余裕のはずだった。いまさら遺品の一つや二つごときで泣かされたりなどするわけがない。そう思っていた。
 でもそのメッセージカードを目の前にした瞬間、僕の心の堤防はまるで木の細枝が折れるようにいともあっさりと決壊してしまった。いったいどこにまだそんなに残っていたのかと自分でも不思議に思うほど、僕の両目からは洪水のような勢いで涙がどっと溢れ出てきた。せめてミユキの姉に汚い顔を見せずに済むよう、僕は後ろを振り返って泣いた。セーターの袖で激しく両目を擦りながら泣き続けた。

「それ、押入れの収納タンスにぎっしり詰めてあった夏服の下から見つかったんです。私に見られたくなくて、隠してたんでしょうね」
 ミユキの姉は僕の背中に向かって静かに語りかけた。
「事故の直前あたりの妹はそれはもう上機嫌で、毎日楽しそうにしてました。一緒に暮らしていた私にはすぐわかりました、きっと好きな男の子と何かうまいこといったんだなって。こんなこと本来は私が言うべきことじゃないのかもしれません、でもこれだけ言わせてください。そのためにわざわざお呼び出しさせていただきました。
 妹のことを好きになってくれて、ありがとうございました。最後に素敵な夢を見ることができて、あの子は幸せだったと思います」
「や、やめてください」と僕は震える声で言った。
「僕は何もしていないんです。何もできなかったんです。そ、それどころか、僕は、」
 補聴器を壊し、ミユキを事故に巻き込んでしまったんです。僕がミユキを殺してしまったんです。そう告白しようと思った。でも僕の口からその言葉はうまく出てこなかった。喉が小さく痙攣しただけだった。
 ミユキの姉はゆっくりと首を振った。「貴方はあの気難しい子に、こんな可愛らしい愛の告白メッセージを書かせたんです。それって私にしてみれば、腰を抜かすくらいに凄いことなんですよ? 何もしていないなんてことはありません。何もできなかったなんてことはありません。 たとえ短い間だったとしても、貴方は間違いなくあの子に幸せを与えてあげられていたんです。私が保証します。だからもうそんな風に泣かないでください。自分を責めないでください。あの子と過ごした日々のこと、綺麗な思い出にして笑ってあげてください」
 綺麗な、思い出?
 そんなくだらないものにミユキを変えられるものか。変えてたまるか、と僕は思った。そう怒鳴りつけてやろうと思った。でもミユキの姉はそんな僕の肩に後ろからそっと手を乗せ、こう言った。

「どうかあの子の分まで生きて、幸せになってください。他の誰かを幸せにしてあげてください。あの子もきっと、天国でそれを望んでいるはずです」


→次へ
←表紙に戻る