I talk to the wind
風に語りかけても

My words are all carried away
言葉はどこかへ吹き流されてゆく

I talk to the wind
風に語りかけても

The wind does not hear
風はそれを聞いてはくれない

The wind cannot hear.
風には聞こえはしないのだ
“Talk to the wind" King Crimson

■第四章(1998.October)3■

 レクリエーションの内容もなんだか変だった。最初に始まったのはまず「ツイスターバトル」と称する、我々と細木氏との一対一のツイスター勝負だった。

「私はツイスター選手権で優勝したことがあります。私に勝てる人がいたら、豪華賞品をあげてもいいのではないでしょうか」
 細木氏がツイスターのシートの上で四つんばいのポーズを取った。挑戦者を待っている、ということらしかった。しかし当然ながら誰も名乗り出ない。微妙な空気が倉庫内を漂い、体感気温がさらに三度くらい下がった。
「そこの君! こちらへ来ると良いのではないでしょうか。細木でした」
 細木氏がいきなりこちらを指さしたので僕は驚いた。だが細木氏が指名していたのは正確には僕ではなく、アオヤマだった。
「え? ボク…ですか?」アオヤマが怯えた声で言った。
「早くしてください。時間が押しています」
細木氏が厳しい声で急かしたので、アオヤマは小走りでツイスターシートの上に向かった。
「では今から色の指示を入れたテープを回します。ゲームスタート!」
 細木氏がテープレコーダーのスイッチを入れると、細木氏の野太い声で「右足、青」「左手、赤」などと一見ランダムに見える指示が流れた。しかしテープを吹き込んだのは細木氏自身なのだから、細木氏は最初から全ての出目を把握した上で動ける圧倒的有利な立場にいることになる。アオヤマが勝てるわけがなかった。案の定最後はアオヤマは細木氏に抱きつくような姿勢を強制させられ、そのうち力尽きてずるずると床に沈んでしまった。
「私の勝ちなのではないでしょうか。いやあ、久しぶりに良い汗を流せましたね」
 細木氏がスーツを脱ぎ、短パンとランニング姿になった。
「さあ、もう一勝負行きましょうか。次は…そこの君!」
 細木氏が再び指を突き付けた。そこから5人ほどの若者たちが半強制的に細木氏に挑まされたが、なにしろ出目を操作している相手に勝てるわけがない。当然のように細木氏が六連勝を達成した。挑戦者はみな細木氏の汗でぐしょぐしょに濡れていた。豪華賞品とやらが具体的になんだったのかは、結局最後までわからずじまいだった。

 次に始まったのはこれまた昔懐かしい「騎馬戦」だった。細木氏がまず自分の騎馬を組む三人を指名し、残りの27人で六組の騎馬を組まされた。 僕とアオヤマは組んでもらえる相手を見つけられずあぶれてしまったので、隅で体育座りしているしかなかった。
「私が土台をやります。上はぜひあなたにお願いしたい」
 細木氏がハチマキを渡したのは僕とアオヤマがバスの中で世話になった、倉沢さんというGLAYのTERU似の長髪の美形だった。
「い、いえ、俺には無理です」
 倉沢さんは全力で拒んだ。しかし細木氏に「引き受けてくれたら…あなたに対する私の『評価』も、ずいぶん高くなると思うのではないでしょうか」と囁かれると、「わ、わかりました…やります」と急に態度を変えた。
「さて、全馬とも準備はできましたね? ではゲームスタート!」
 細木氏の号令で七組の騎馬がゆっくり動き出したが、距離を取り牽制しあうばかりで戦闘はなかなか始まらなかった。そもそもこの戦いに勝って何のメリットがあるのか、それすら誰も聞かされていなかったのだ。熱くハチマキを奪い合え、というほうが無理な話だろう。
「ちょ、ちょっと…細木さん、どこ行くんですか」
 細木氏に肩車された倉沢さんが叫んだ。細木氏は他六組が睨み合う中央のゾーンから早々に離脱し、倉庫の隅のほうを無意味に跳ね回っていた。
「も、もう少し静かに歩いてもらえませんか…そ、その…股間に頭が当たっていて」
 倉沢さんが苦悶の表情で呟いた。
「我慢してください。勝利のために今は戦闘を避け、雌伏するときです」
 細木氏が息を弾ませながら言った。雌伏するならおとなしく隅でうずくまっていればいいのに、なぜ無駄な往復を繰り返す必要があるのか。中央では細木氏を無視して六組がやる気のない戦闘を繰り返しているうち、全部の騎馬が崩れてしまった。戦闘で崩れたというよりは、皆早くやめたくて自分から崩したというほうが正しかった。
「またしても私の勝ちですね。そろそろ連勝を止める者が現れてほしいのではないでしょうか」
 細木氏がにやにやと笑った。

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