Walk on through the wind
風の中を歩いていくんだ

Walk on through the rain
雨の中を歩いていくんだ

Though your dreams be tossed and blown.
たとえ君のその夢が嵐に吹き揺らされようとも
"You'll never walk alone" Gerry & The Pacemakers

■最終章(1999.March)5■

 やがて僕はミユキの墓石の脇に積もった雪を足で払いのけ、剥き出しになった地面を鞄から取り出した園芸用スコップで少しずつ掘り進めた。
 水分が完全に凍り付いているせいで、土はコンクリートのように固かった。無理もない、予報通りなら気温はマイナス四度だ。革の手袋を二枚重ねていてもなお指先は凍るように冷えて痛い。これが素手だったら一分だってポケットから出していられないに違いなかった。

 なんとか野球のボール一個分くらいの大きさの穴を掘り、僕は鞄の中から今度は一株の小さな白い花を取り出した。
 それはミユキの一番好きだった花。
 雪に寄り添い色を与えた優しい花、スノードロップだった。

 僕はスコップで凍りついた土を何度も叩きできるだけ粉々に砕いた後、スノードロップの上から根を痛めぬよう慎重にかけて埋めた。 養分不足と日照不足、極度の寒さといった環境条件が心配だったが、もともと冬のこの時期に雪の中に咲く生命力の強い花だ。今日明日に枯れてしまうということはないだろう。せめて残り短いこの冬が終わるまでの間だけでも持っていてくれれば、それでいい。


 これで少しは、寂しくなくなるかな。
 僕はスコップを手に屈みこんだままの姿勢で、目を閉じて心の中のミユキに語りかけた。
 寒がりだった君のことだ、こんなところに埋められちゃうんじゃきっと文句がいっぱいだろうね。僕が代わりに謝っておくよ。本当にごめん。僕のせいで補聴器を壊させてしまってごめん。君を死なせてしまってごめん。最後まで守ってやれなくてごめん。君をこんなところに寂しく置き去りにすることになってしまって、本当に本当にごめん。
 クボタも死に、アオヤマも死んでしまった。僕の大切な人たちはあっという間にみんないなくなってしまった。僕も後を追えるものなら追いたいよ。君たちの元に行きたいよ。でもそんなことをしても、君はきっと喜ばないと思うから。いつまでもくよくよしたまま生きてたら、きっとまた叱られてしまうと思うから。


 だから僕は君への想いの全てを込めて、この花をここに残していくよ。

 僕はここに残ることはできない。
 次またいつ会いに来れるか、それもはっきりとしたことは何も言えない。でも約束する。僕は決して君を一人にはしない。たとえこれからの人生で何が起ころうとも、他の誰かをまた好きになる日がいつか来たとしても。僕は心の片隅に、君のための居場所を必ず空けて残しておこう。君を想うこの気持ちの欠片を、一生忘れずにこの胸にとどめておこう。そしてこの長く寂しい冬が訪れるたび、何度でも僕はそれを君に贈りに来よう。
 白く小さく美しい、まるで君のような優しさと強さに満ちた花。スノードロップに託して。


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