I'll take your part, when darkness comes 暗闇が訪れるときは、僕が代わりに引き受けよう And pain is all around 痛みが君を引き裂こうとするときは Like a bridge over troubled water 荒海に投げかける橋のように I will lay me down. 僕がこの身を横たえ君の支えとなろう “Bridge over troubled water" Simon & Garfunkel |
■第十六章(1999.February)4■ 横浜デートといったら山下公園に並ぶ人気スポット、港の見える丘公園を外すわけにはいかない。僕らは山の上にある展望台を目指して、谷戸坂の荒れたアスファルトの上を一歩ずつ歩き始めた。 長く緩やかな坂道を登れば登るほど人や車の往来が減り、僕らのぺたぺたという足音だけが静かな山間に響いて聞こえた。歩道に立ち並ぶ桜の枯れ木は道路に黒影を転々と残し、より一層の寂寥感を演出していた。 「あれ? あそこにある花って」 僕は歩道脇の木陰に咲いていた白い花を指差した。 「あれって、スノードロップじゃないの?」 細く長い茎の先に、まるで砂糖菓子のような筒状の花が無数に垂れ下がっていた。前にネットで見た写真よりも、自然の中で群生している様はより可愛らしく優雅な佇まいを見せているように思えた。 「あれはスノーフレークだよ。姿はそっくりだけど、別物」とミユキは言った。 「スノードロップの和名がマツユキソウで、スノーフレークの別名がオオマツユキソウっていうくらいだから、間違えるのも無理ないけどね」 「へええ、勉強になった」と僕は感嘆した。「さすが、詳しいんだね」 「花オタクだから、わたし。花のことだったらなんでも聞いて」とミユキは得意げに言った。 漫画オタクでネットオタクで花オタク。あまり性格的に明るいとは言いかねるラインナップのように思えた。 「それじゃ、ここでひとつユキオ君に問題ね」 ミユキが突然思い出したように公園に続く階段を小走りに駆け上り、僕を見下ろすようにして立った。 「スノードロップの花言葉は、なんというでしょう?」 屈みこんだミユキの背中に木漏れ日が差し、僕は眩しさに目を細めた。黄金色に輝く長い髪の隙間から覗く二つの黒い瞳が、まっすぐに僕を捉えていた。 「当たったらなにか良い事あるの?」 僕は立ち止まってミユキを見上げたままの姿勢で言った。 ミユキは少し考え込んでから、 「一発で当てたらユキオ君の言うこと、何でも一つ聞いてあげるよ」と言った。 「一発じゃなきゃだめ?」 「一発じゃなきゃだめ」 万一の閃きに期待して記憶を探ってはみたが、やはり心当たりはまったくなかった。そもそも花言葉など薔薇やチューリップといったメジャーどころでさえあやふやにしか知らないのだ。スノードロップなんて知るわけがない。 やがて僕は降伏兵のように両手を上げ、「ごめん、保留」と言った。 「保留?」 「次会ったとき答える、ってことで」 「だめだよ、ずるいよそんなの」 ミユキが口を尖らせた。見事に僕が予想していた通りの台詞だった。 「先にインチキして僕を騙したのは誰だっけ?」 「それは…」ミユキがひるんだ表情を見せた。 「最初に『一発で当てろ』とは言われたけど、『いつまでに当てろ』とは何も言われてないからね。今度答える、ってのはルール上問題ないと思うけど?」 ミユキがまた目を閉じて熟考を始めた。高台に上ってきたせいか少し強い風が吹き始め、がさがさと木々が不吉な音を立ててざわめいた。 やげてミユキは夢から醒めるように少しずつ目を開き、言った。 「なんか子供のダダみたいに聞こえるんだけど…まあ、いいや。わたしもインチキしたしね。じゃあ、答えは今度ってことで」 「当たったら言う事は聞いてもらうよ?」と僕は言った。 「いいよ。聞いてあげるよ」 ミユキが微笑んだ。「ただし、あんまり変なのはなしでね」 「ミユキのページ主催でオフ会を開く、ってのはどう?」 「なしで」ミユキは冷たい声で言った。 何でも聞く、という条件はどこへ行ってしまったのだろうか。 |