Those were the days of our lives あの頃僕らの過ごした輝ける日々 The bad things in life were so few 人生に悪いことなんてほとんど何もなかった Those days are all gone now, but one thing is true 全てはもう遠い昔のこととなってしまったけれど、 でも一つだけ確かなことがある When I look and I find I still love you. 僕は今でも君を愛している “Those were the days of our lives" Queen |
■第一章(1998.September)5■ 話をしているうちにだんだんわかってきたのだが、ミユキは単なる「漫画好き」程度の言葉ではとても収められらないくらい漫画に詳しい、まるで漫画博士みたいな女の子だった。特に戦後から70年代辺りまで、僕らが生まれる前の世代の漫画にもなぜか知らないが異常に強い。手塚を読破した程度でいい気になっていた僕ごときではとてもじゃないが太刀打ちできる相手ではなかった。そのくせ最近の「イエスタデイをうたって」やら「ベルセルク」やら「殺し屋-1-」やらといった青年誌連載まで全部読んでいて、全部の話にしっかりついてくる。これほど幅広いジャンルに渡って漫画を読み込んでいる女の子に出会ったのはさすがに初めてだった。僕も漫画に関しては密かに自惚れるところがあったのだが、ミユキを前にした今その自信は揺らぎかけていた。彼女は掛け値無し、真性の漫画オタクだった。 「友達いないから、漫画とアニメとインターネットくらいしか楽しみがなくて」 ミユキが恥ずかしそうに笑った。友達の少なさだけなら負けてないはずなのになあと思ったが、そんなことを言ってどうなるものでもないので黙っておいた。 「ミユキは確か、古本屋でバイトしてるんやったよな」とクボタが言った。ミユキがこくん、と軽く頷いた。 「そら漫画詳しいに決まっとるわ。バイト中ずーっと漫画読んでるだけやからなあ」 「たまには仕事もしてますよ、たまには」ミユキが素早く突っ込みを入れた。 「古本屋かあ…そりゃ羨ましいなあ」 僕は本当に羨ましそうな声で言った。「僕もずっと本屋で働きたいって思ってたんだけど」 「今はファミレスで働いてるんですよね? 確か」 「なんで知ってるの?」 「読んでますもん、ユキオさんのページ」 「それはどうも、ありがとう」と僕は小声で呟いた。ミユキが一瞬「?」という表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。おそらく聞き取れなかった内容を自慢の読唇術で読み取ったのだろう。 「えっと、ミユキ…ちゃんは…」 僕はまたもごもごと呟いた。相手は耳が悪いと言っているのだからはっきり喋ってやればいいものを、こういうところで僕の器の小ささが露呈する。 「ミユキ、でいいですよ」とミユキは優しく微笑んだ。 「ミユキ…は、やってないの? ホームページ」 途端にミユキがたじろいだ。「えっと、それは…」 「やってないわけないやろ、このオタク娘が」 クボタが口を挟んだ。「たぶんお前よりずっと昔からやっとるはずやで。帰ったらアドレス教えたるわ」 「えええ、それは勘弁してください!」ミユキが真っ赤になってクボタの背中を叩いた。 「ぜひ拝見させていただきます、先輩」と僕は笑いながら言った。 「クボタさん、教えたら本気で怒りますからね」とミユキ。 「教えへん教えへん。『漫画 ミユキ』とかでうまいこと検索したら見つかるとか、そんなん絶対教えへん」 ミユキがクボタの頭を叩いた。僕は腹を抱えてその場を笑い転げた。 そんな風にして飲み会は続き、夕方四時を少し回り風が冷たくなってきた頃にミユキが立ち上がった。 「そろそろバイトに行かないと。クボタさん、一足先にすみません」 丁寧に折られた千円札二枚をクボタに手渡し、ミユキは僕に向かって頭を下げた。 「今日はお話できて楽しかったです。また機会あったら漫画の話、聞かせて下さい」 「聞かせてもらうのはこっちのほうだよ」と僕は言った。謙遜ではなく、本当にそうなのだ。 「じゃ、また。お疲れ様でした」もう一度皆に頭を下げ、ミユキは去っていった。 その後は再びアオヤマに捕まって延々とゲームの話を聞かされていたが、僕はずっと上の空で相槌を返すばかりだった。僕の頭の中はミユキのことでいっぱいだった。 「ユキオさんのページ、大好きです」ミユキはそう言って笑った。 それがサイトのことでなく、僕自身のことであったなら。 そんなことをずっと考えていた僕はそう、もうとっくに、彼女に恋をしていたのだった。 |