Wise men say, Only fools rush in 賢者は言う、愚か者こそが事を急ぐと But I can't help falling in love with you. でも僕はいま、君に恋をせずにはいられないんだ “I can't help falling in love with you" Elvis Presley |
■第二章(1998.September)1■ 図書館とインターネットを駆使して付け焼き刃で調べたところによれば読唇術というのは正式には「口話法」といって、聾唖者の会話法としてかなりの昔からきちんと確立されているものらしい。ただミユキの場合はおそらく独学でなんとなく身につけたもので、本格的に習って覚えた技術というわけではないだろう。本人も「聞き取りにくい部分だけを唇の動きで補完している」と言っていた。難聴を抱えて健常者中心の社会で手話を使わず普通に暮らしていこうと思えば、嫌でも多少は身につけざるを得ない技術なのかもしれない。 補聴器についてはネットの企業ページにたくさんの資料が載っていた。ミユキがつけていたのはやはり「耳掛け型」と呼ばれるタイプの補聴器で、カタログを見る限りはその中でもやや大型に分類されるもののようだった。やはり難聴が重ければ重いほど機械も大きくならざるを得ないらしい。そしてこれは初めて知ったのだが、補聴器というのはつけていればそれで健常者と等しく会話がはっきり聞こえるというものではないのだそうだ。例えば軍艦マーチの鳴り響くパチンコ屋、特急電車通過中の駅のホーム、台風直撃の大嵐の中、そういった騒音の中でも人同士がなんとか会話できるのは、人の耳に自分が聴きたい音と聴きたくない音を分けてボリューム調整する機能が元々備わっているからだ。しかし機械である補聴器には聴きたい音とか聴きたくない音とか、そんな人間の都合を解釈してくれる機能はついていない。 雑音も人の声も区別することなく、全ての音を等しく増幅して耳に送り込んでくる。突然近くで車のクラクションが鳴ったりするとショックで気を失いそうになることもある、と斜め読みした難聴者の日記ページには書いてあった。その難点を周波数の調整によってある程度克服した「デジタル補聴器」というのがちょうど今年の夏にシーメンスから出たのだが、価格は驚きの30万円だ。ミユキのような一介の女子大生の手元にまで普及するには、まだもうしばらくはかかることだろう。 難聴について調べたついでに、ミユキのサイトも検索で見つけた。実際にはクボタの言っていた『漫画 ミユキ』なんて簡単な条件では引っかからなかったが、試しに『こどものおもちゃ ミユキ』で調べてみたらあっさりと見つかった。この頃はまだ個人ホームページの数自体が少なかったので、手がかりさえあれば捜し当てるのはそう難しいことではなかったのだ。 「SnowDrop」という名前で、白が基調のシンプルだが可愛らしいデザインのサイトだった。トップページにはサイト名の由来と思われる、こんな文章が載っていた。 スノードロップの伝説
むかしむかし、花には色がありませんでした。 見分けのつかない花々を見て神様は、 「おまえたちに好きな色を分けてあげよう」といいました。 薔薇は赤色を、向日葵は黄色を。花たちは自分たちの望む色を、 神様のパレットから分けてもらいました。 全ての花に色をつけおわり、パレットがからっぽになったとき、 「私にも色をください」 そう言ったのは、まだ何の色もついていない透明な雪でした。 神様は雪にいいました。「もうパレットに色は残っていない。 花たちに分けてもらってきなさい」 でも花たちは皆、冷たい雪が近づくのを嫌がり色を分けてくれません。 雪が寂しく落ち込んでいるそのとき、 「私の色で良ければ分けてあげる」 そう話しかけてきたのは、片隅にひっそりと咲いていた小さなスノードロップでした。 雪は喜んでスノードロップに近寄りました。スノードロップも喜んで雪に寄り添って、 そのとき雪ははじめて真っ白な色になったのです。 雪は今でも感謝の気持ちを忘れてはいません。 雪が大地を覆う冬、他の花たちがみな枯れてしまっても、 スノードロップだけは雪の中で美しく咲き誇ることができるのです。 |