Close the window, calm the light
窓を閉めて、光を静めて

And it will be alright, no need to bother now
それでもう大丈夫、何も心配することはないよ

Let it out, let it all begin
何もかも捨ててしまおう、また始めからやり直せばいい

All's forgotten now, We're all alone.
いま全ては忘れ去られ、僕らは皆ひとりぼっちだ
"We're all alone" Boz Scaggs

■第十八章(1999.February)3■

 そして土曜日。秋葉原電気街の上空は流れの速い煙のような黒雲に覆われていた。
 今年一番の寒さになるだろうとテレビでさんざん煽っていたせいか、行き交う人の流れがいつもに比べて少なく感じた。僕とクボタはそんな寒風吹きすさぶ万世橋の前で、アオヤマの到着をじっと待っていた。

「おい、ほんまに一時って言ったんやろな。もうすぐ一時半やで」
 クボタが激しく身を揺すりながら言った。ぽつぽつとだが雨粒が落ちてきて、僕らの身体を濡らし始めていた。傘を差すほどのこともない微妙な小雨だったが、あと何十分もこんなところに立っていれば当然ずぶ濡れになるだろう。
「間違いなく1時と聞いた」と僕は答えた。「もしかしたら俺たちの誠意を試してるのかもしれない。ここで帰ったら今度こそ完全に終わりだぜ」
「終わりでもうええわ」
 気の短いクボタの我慢がついに限界に達した。「指定した時間に来ないなんてのは問題外やろ。人が下手に出てやりゃつけあがりおってからに、俺もいい加減キレるわ。帰るで」
 そういう自分が指定した時間に何度遅れてきたか知っていて言っているのだろうか。
「帰るなら帰れよ。俺は何時間でも待つ」と僕は言った。
「勝手にやっとれや。じゃあな」
 クボタが駅に向かって歩き出した。



 ここで僕は、もっと真剣にクボタを引きとめておくべきだったのだ。
 でもこの時の僕に、ミユキという最大の拠り所を失ってしまった直後の僕に、そこまでクボタのことを思いやってやる余裕などとてもなかった。クボタが立ち去って数秒後、僕が腕時計をちらりと覗いたその瞬間だった。耳を突き刺すような女性の甲高い悲鳴が背後から聞こえ、驚いて振りかえった僕が見たのは――――地べたに転がりぴくぴくと身を震わせるクボタと、血まみれのナイフを握り締め立ち尽くすアオヤマの姿だった。

「アオヤマ…お、お前、なんてことを」
 僕は青ざめた顔でアオヤマに詰め寄った。
 アオヤマは僕に向かってにこやかに微笑み、自らの喉にナイフを押し当てた。

「さよなら、ユキオ。一足先に向こうで待ってるよ

 厚い布を引き千切るような鈍い音とともに、アオヤマの喉仏が裂けた。
 噴水のように飛び散る鮮血が、僕のグレーのコートを真紅に染めていった。僕はその血を避けるために後ろに退くことも、アオヤマを助けるために前に進むことのどちらもできず、ただ静かにその場に膝から崩れ落ちていた。 僕を支えていた最後の力がアオヤマの体液とともに失われ、全身の筋肉という筋肉が弛緩していくのがわかった。駆けつけた警官に両脇を固められ無理に抱え起こされたとき、僕は砂時計をひっくり返されたように頭の中の血液が逆流していくのを感じ、そのまま意識を失った。


 薄れ行く意識の中で、僕は血まみれで横たわる二人の男を見た。
 それが僕が見たアオヤマとクボタの最後の姿だった。


→次へ
←表紙に戻る