This song is over 歌は終わった I'm left with only tears 僕に残されたのはただ涙の雫だけ I must remember 僕はこの胸に刻み続けねばならない Even if it takes a million years. たとえ百万年という時がかかろうとも "Song is over" The Who |
■第十七章(1999.February)4■ 僕が一方的に中止を宣言したオフ会の幻の開催日が通り過ぎる頃、ミユキへの怒りが覚めた後にやってきたのは今度は底無し沼のような虚無感だった。 とうとう日中に図書館に通うことすら面倒になり、僕は一日のほとんどを布団の中で暗闇を見つめて過ごすようになった。立ち上がるのはトイレと食事の時のみ。本当は食欲もまるでなかったが、親の手前さすがに飯も食わずに引きこもり続ける、というわけにはいかなかった。身体を動かさないので夜になっても眠くならなかったし、性欲もまったく沸いてこなかった。全身から欲望という欲望が綺麗に全部抜かれてしまったようだった。 今の僕に残されていたのはミユキの後を追って死にたい、という願望だけだった。でも僕にそれを実行する勇気がないことも、誰より僕が一番良く知っていた。だいたいそんなことをしたところで、ミユキは喜ぶどころか怒るだけに違いない。「だめだよ、こっちに来ちゃ!」なんて唇を尖らせるミユキの姿が目の前に浮かぶようだった。 そんな風にして日々をただ無為に消費し続けているうち、僕宛てに自宅に電話がきた。 クボタからだった。 「どうやって家の電話番号を知ったんだ」 僕は抑揚のない声で呟いた。 「大変やったよ。わざわざお前の大学の事務室にまで行ったんやで。友人の不幸で連絡を取りたい、と事情話したらあっさり番号教えてくれたわ」 僕はクボタに本名と大学名を教えてしまっていたことを後悔した。この男に迂闊に何か教えるとそれを利用して何をされるかわからない。 「それより大変やったな、ミユキのこと。俺ですら一日メシが食えんほどへコんだんや、お前はもっとやろうな。かける言葉もあらへん。心から同情するわ」 僕は黙っていた。何も返せる言葉がなかった。いまさらクボタに同情してもらったところで、ミユキが帰ってくるわけでもないのだ。 「でもまあ、とりあえず生きてるみたいで安心したわ。お前のことやから後を追おうとかなんとか、思い詰めて暴走せんか心配やったんや」 「しないよ、そんなこと」と僕は言った。正確に言えば、しないのではなく勇気がなくてできないだけだ。苦しまず楽に死ねる薬でもあればその場で飲んだっていいくらいには、死にたい気持ちはあった。 「俺は元気だし、もう少し休んだらそのうち立ち直るよ。心配ありがとう。もういいか? 切るぞ」 「いやいや、ちょい待ちや。用件は別にあるんや。お前の心配だけでわざわざ家まで調べて電話なんてようせんわ」 それはそうだ。クボタが自分の利益にならないことのために動くことなんてあるはずがなかった。 「なんだよ、用件って」 面倒だったが、一応聞いてやることにした。クボタからだろうがなんだろうが、人に同情の言葉をかけてもらうのは、やっぱり嬉しかったのだ。 「アオヤマのことや。お前、アオヤマに俺とミカとのことなんか喋ってへんか?」 「喋るわけないだろ」僕は即答した。「最近アオヤマとは一言も喋ってない」 「じゃあなんでアオヤマが怒り狂ってんねや」 そういえばミカに余計なことを吹き込んだのは僕だった。後でフォローすると言っておいて何もしていなかったことも今頃思い出したが、話がややこしくなるだけなので黙っておくことにした。 「とにかくあいつ、会って話し合おう話し合おうやかましいんや。ユキオ、お前ちょっと間に立って仲裁してくれんか?」 「俺が?」 「あいつ頭に血が上っとるみたいやねん。二人だけで会ったら何しでかすかわからんよ。 お前がいれば無茶もせんやろ」 僕は呆れて頭を掻いた。 「頭に血が上るようなことをしたのはお前だろ。自業自得じゃねえか」 クボタは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに切り返してきた。 「これだけは言っておくけどな、先に会いたい言い出したのはミカやで。俺からは口説いてない。これは神に誓ってもええで」 「その誘いに乗ったのはお前の意思だろ。同じ事だ」 今度こそクボタは黙ってしまった。 「まあいいよ、気は全然進まないけど立会いには行ってやるよ。アオヤマが心配だし、お前には今までの借りがある。ただし二つ約束しろ。お前にどんな言い分があるか知らないけれど、最後はアオヤマに必ず頭を下げてもらう。場合によっては土下座だ。そして今後もう二度と俺とアオヤマには関わるな。それが条件だ」 「しゃあないわな」 クボタはあっさりその条件を認めた。 |