Close the window, calm the light
窓を閉めて、光を静めて

And it will be alright, no need to bother now
それでもう大丈夫、何も心配することはないよ

Let it out, let it all begin
何もかも捨ててしまおう、また始めからやり直せばいい

All's forgotten now, We're all alone.
いま全ては忘れ去られ、僕らは皆ひとりぼっちだ
"We're all alone" Boz Scaggs

■第十八章(1999.February)1■

 クボタとアオヤマの痴話喧嘩の仲裁というくだらない面倒を背負い込んだおかげで、僕は一時的にとはいえ現実世界へと回帰せざるを得なくなってしまった。

 まず床屋に行って、伸び放題だった髪の毛を切った。コンビニに寄って滞納を続けていた携帯の通話料を支払い、バイト先のファミレスに電話し店長に無断欠勤を詫び、クビならクビで仕方ないができればもうしばらく休ませて欲しいということを伝えた。当然怒られたが、なんとかクビにはしないでもらえた。僕は礼を言って電話を切った。
 書店に寄って漫画コーナーを覗いてみたりもした。しばらく見ていない間に新刊置き場は僕の知らない漫画だらけになっていた。今までの僕ならそれこそ一冊ずつ全部買い占めるくらいの勢いで手に取っていただろう。でも今は全く心が動かなかった。 いまさら漫画なんて読んだところで、それについて話し合えるミユキはもういないのだ。ミユキならどんな感想を言ってくれるだろう、なんて考えてしまうのが怖かった。自分の失ったものの大きさをあらためて思い知らされるのが、怖かった。
 夕方に久しぶりにアオヤマに電話をかけてみた。


「アオヤマか? 悪かったな、オフ会の件は。お前に泥かぶせる形になっちゃって」
 僕はなるべく明るい声で言ってみた。しかしアオヤマはその明るさが気に入らなかったのか、返事をしなかった。
「クボタがお前に謝りたい、仲裁してくれって俺に電話してきたよ」
 謝れと命令したのは僕なので、厳密にはクボタが自発的に謝りたいと言ったわけではない。しかしまあこのくらいの創作は許されてもいいだろう。
「はっきり言って面倒なんだが、もう引き受けちまったから仕方ない。お前はいつがいいんだ? クボタには土下座でも何でもさせるから、都合の良い日を決めろよ」
 約十秒ほどの無音。電波でも悪くて聞こえていないのか、と携帯をとんとん叩いてみたところで、ようやくアオヤマが口をきいた。

「…ユキオも、クボタの味方なの? あいつの肩を持つの?」

 いつも「クボタ君」と呼んでいたアオヤマが「クボタ」と呼び捨てにしている。これは相当キレているに違いなかった。
「クボタの味方なんてするかよ。もう二度と俺とお前に関わらない、これが最後って条件で引き受けたんだ。お前が心配だったからだよ」
「どうだかな」
 アオヤマが憎しみのこもった声で言った。「クボタとミカちゃんのこと、ユキオは結構前から知ってたらしいじゃないか。それをボクに教えてくれなかっただろ?  そんな薄情なやつ、信用なんてできないよ。もう誰も信用できない」
「おい、そんな言いかたないだろ」
 さすがの僕もむっときた。「お前のためを思って言わなかったんだ。友達だったら普通そうするって、それくらいわからないか?」
「わからないね」アオヤマは冷たく言い放った。
「わかった、じゃあそれでいい。俺とお前ももうここまでってことでいい。ただし最後の話し合いだけは元々お前から言い出したことだ、責任取ってつきあってもらうぞ。空いている日だけ言えよ。俺もクボタも土下座して謝るから、それで終わりだ。その日から俺たちは全員他人だ」
 これくらい強く言えばアオヤマはしおらしくなるだろう、と読んでの発言だった。僕から絶交をちらつかせれば、気の弱いアオヤマは自分の言い方が悪かった、機嫌を直してくれと下手に回るに違いない、そう考えていた。しかし結果的には僕のその読みは完全に裏目に出てしまった。アオヤマは売り言葉に買い言葉、とでもいうような口調で早口に言った。
「わかった、それなら君たち二人に土下座してもらうよ。今週末の土曜日、一時に秋葉原の万世橋で待ってる。ユキオはクボタを連れてきて」
「わかった」と僕は答えた。そう答えるしかなかった。


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