Close the window, calm the light
窓を閉めて、光を静めて

And it will be alright, no need to bother now
それでもう大丈夫、何も心配することはないよ

Let it out, let it all begin
何もかも捨ててしまおう、また始めからやり直せばいい

All's forgotten now, We're all alone.
いま全ては忘れ去られ、僕らは皆ひとりぼっちだ
"We're all alone" Boz Scaggs

■第十八章(1999.February)2■

 クボタに電話しアオヤマが指定した日時と場所を伝えると、案の定クボタは嫌そうな声を出した。
「アキバなんて遠いわ。もう少し近うならへんの?」
「嫌なら来なくていいよ」と僕は言った。「謝る気がないなら来なくていい。別にアオヤマの恨みなんて無視するのが一番いいと思うぜ? これは嫌味でもなんでもなく」
「無視できるもんならとっくにしとるに決まっとるやろ。あいつ毎日電話してくるわ、電話切ればメール何通も投げてくるわでめちゃめちゃ気持ち悪いねん。会って手打ちにするまで終わりそうにあらへんわ」
 先刻のアオヤマの様子を考えると本当にそれくらいのことはやっているのだろうな、と僕は思った。
「まあお前の事情なんてどうでもいいよ。俺は頼まれたセッティングはもう済ませたからな、これで貸し借りなしだ。後はお前が来ようが来まいが、俺は知ったこっちゃない。好きにしろ」
「…お前、冷たくなったな」クボタは嫌そうに言った。
「まあええわ。言われた通り、好きにさせてもらうわ。じゃあ土曜日な」
 正確に言えば、冷たくなったのではない。本当は僕は昔から冷たい人間だったのだ。ただ自分を良く見てもらいたいと思う最大の対象を失って、心ある人間である振りをする余裕も意味もなくなった。それだけのことだ。


 アオヤマが僕を許してくれなかったことが、僕にはショックだった。
 今の僕にとってほとんど唯一と言っても良かった、親友と呼べる存在。世界中のどれだけの人間を敵に回したとしても、アオヤマだけは僕を信じ味方でいてくれると思っていた。 僕がどれだけの失敗をしアオヤマを怒らせたとしても、最後には笑って許してくれるものだと思っていた。でも現実にはたかだか女一人を寝取った寝取らない程度の他愛無いことで、僕らの友情は簡単に揺らいでしまった。それどころかもうすぐ完全に崩れ去ろうとしていた。

 この世界には、確かなものなんて何もないのだ。

 そのことに気がついてみてようやく、僕はアオヤマに本気で土下座をしてやろうと思えるようになった。プライドがなんだ、土下座がなんだ。そんなことくらいでアオヤマの気が済むのなら、いくらでもやってやろう。 もう一度友達としてやり直せるなら、裸踊りでもなんでもやってやろうじゃないか。
 もう僕はこれ以上何も失いたくないんだ。
 少なくとも努力で取り戻せるものなら、精一杯の努力で取り戻したい。そう思った。でもそう思ったときには、すでに手遅れだった。


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