Walk on through the wind
風の中を歩いていくんだ

Walk on through the rain
雨の中を歩いていくんだ

Though your dreams be tossed and blown.
たとえ君のその夢が嵐に吹き揺らされようとも
"You'll never walk alone" Gerry & The Pacemakers

■最終章(1999.March)4■

 目的の場所は帯広の駅からバスで二十分ほど北へ向かった先、十勝川を見下ろすような高台の住宅地にあった。
 バスから降りたとたん、足元に新雪のざくっとした感触が伝わった。念のため長めのブーツを履いてきておいて正解だった。こんなところにスニーカーでのこのこ来ていたら、雪が入り込んで今ごろ足首が凍り付いていたことだろう。
 雪はさらさらと降り続き、結晶のまま傘に弾かれ滑り落ちていた。水分が少なく滑りやすいのでスキーに一番向いている、いわゆる粉雪というやつだ。僕は上り坂で転んで滑り落ちてしまわないように細心の注意を払いながら、墓地の入り口と思われる木製の扉へと向かった。
 扉は雪に晒され続けてきたせいか、上部が腐食してぼろぼろになっていた。取っ手のところに錠前らしきものがついていたので少し焦ったが、幸い鍵はかかっていなかったのでそのまま開けて中に入った。どうせ一発軽く蹴りを入れたら粉々になるような扉だ、最初からかけるだけ無駄と思って鍵は外しているのかもしれない。

 墓地はもうほとんど森の中といっていいくらい、木々が鬱蒼と茂っていた。まだ昼の一時だというのにもう真っ暗で、辺りには人の気配どころか虫一匹生きている気配がなかった。立ち並ぶ墓石は誰も手入れをしに来ないのかどれも汚れ放題で、花や線香といった装飾もまるで見えなかった。まさに死の世界への入り口、と形容するに相応しい絶望的な静寂がそこにはあった。
 ときどき木々に積もった雪が大げさな音とともに地面に落ちて僕を驚かせた。渡り鳥の影と思われる小さな黒点が時々目の前を過っていったが、何度見上げても何も見つからなかった。空にあるのはただ灰色の雲と、そこから無限に舞い落ちる雪の粒だけだった。

 ミユキの墓は墓地の一番奥、断崖を背にひっそりと隠れるように立っていた。
 何百という鈍行の駅を乗り継ぎ丸三日かけてようやく辿り着いた目的地だというのに、達成感はまるでなかった。旅のゴールと呼ぶにはあまりにも寂しすぎるこの景色のせいだろうか。
 僕は頭を下げるでもなく手を合わせるでもなく、墓石の前でひたすらに立ちつくしていた。ここでじっと待っていればミユキの霊と最後の語らいができるんじゃないかなんて、そんな漫画のような展開に淡い期待を抱きながら。でももちろんそんな非現実的なことは起きなかった。
 現実の僕の目の前にあるのは雪に埋もれ、線香も花もない薄汚いただの石柱一つだけだった。


→次へ
←表紙に戻る