Being here with you feels so right
君と一緒にいるだけで、全てがうまくいく気がするよ

We could live forever tonight
僕らは永遠にこんな素敵な夜を過ごしていけるんだ

Lets not think about tomorrow
明日のことなんて何も考えなくていい

And don't talk, put your head on my shoulder.
何も言わないで、今はただ僕の肩に頭を預けて
“Don't Talk (put your head on my shoulder) " The Beach Boys

■第十三章(1999.January)1■

 ミユキは約束の五時より五分ほど早くやってきた。上着こそいつもの色気のないダウンジャケットだったが、下は珍しく白地の明るいチェックのスカートをはいていた。ブーツにまで届く長い裾のせいで、生足を拝むことは残念ながらできなかったが。

 まだ夕食には少し早かったので、東口駅前のゲームセンターに寄って遊んでいくことにした。半年以上前に来て遊んだときのメダルが、いくらかまだ預けたまま残っているのを思い出したのだ。
 僕はカウンターのお姉さんから二百枚のメダル壷を受け取って、五人がけのブラックジャックの筐体に乗せた。取ってきた空の壷に半分の百枚を入れてミユキに渡そうとしたが、ミユキは頑なに拒否した。壷の中から几帳面に十枚数えて手に取り、「わたしはこれで稼いでみせるよ。残りはユキオ君が使って」と言った。
 一度言い出したらちょっとやそっとのことでは言うことを聞いてくれないのはよくわかっていたので、僕は「じゃあ頑張って」と言って壷の中の九十枚を回収した。かくして僕が百九十枚、ミユキが十枚という圧倒的な資本差のもとゲームが始まった。
 僕とミユキの賭け方は見事に互いの性格を反映していた。僕は常に十枚ベットの「太く短く」派。ミユキは常に一枚ベットの「細く長く」派。こういうメダル用のゲームマシンというのは基本的に「大きく賭けている人を負けさせ、小さく賭けている人を勝たせる」ようにプログラムされている。案の定僕が理不尽な配札でバーストを連発している横で ミユキはブラックジャックを連発し、最初の十枚を三十枚近くまで増やしていた。
「わたし、ギャンブルの才能あるのかも」ミユキがはしゃいで言った。それでこそ僕も自分のコインを犠牲にしてアシストに徹した甲斐があろうというものだ。
「ついに抜かれちゃったみたいだよ。ほら」
 僕はあと二十枚にまで減少したメダルをミユキに見せ、わざとらしく弱気な声で言った。
「貸してあげようか?」ミユキがメダルをチャラチャラと鳴らした。
「いや、大丈夫大丈夫。勝負はこれから」
 それからミユキのせこい一枚ベットにつきあったおかげで30分くらいは粘れたが、結局じりじりと負けが重なり僕らは全てのメダルを失ってしまった。
「ちょっと勝たせてから回収するようにできてるんだから、ちょっと勝ってるうちにやめるのがコツなんだよ」と僕は得意げに言った。
 ミユキは面白くなさそうな顔をした。「でもちょっと勝ってるうちにやめられるような理性的な人は、最初からこんなゲームとかギャンブルとかやらないんじゃない?」
 そう言われてみればその通りだった。

 ゲームセンターを出ると外はもう真っ暗になっていた。靖国通りの向こうの歌舞伎町は原色のネオンが煌々と輝き、横断歩道を埋め尽くす群集が一番街ゲートの光の奥へと途切れることなく吸い込まれていく様は僕にお盆の灯篭流しの光景を彷彿とさせた。
「ごめんね、せっかく預けてたメダルなのに全部使わせちゃって」
 ミユキが僕の傍らに立ち、ぺこりと頭を下げた。
「いいっていいって、今日奢ってもらうお礼だと思って」と僕は言った。どうせ預けていたことも半分忘れていたようなメダルなのだ。期限切れになる前に有意義に遊べたのだから、むしろこっちがありがとうと言いたいくらいだ。
「でも楽しかった! また連れてってよ」とミユキが笑った。
「もちろん。次はもっとたくさんメダルを用意しておくよ」と僕は言った。その時だった。


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