Being here with you feels so right
君と一緒にいるだけで、全てがうまくいく気がするよ

We could live forever tonight
僕らは永遠にこんな素敵な夜を過ごしていけるんだ

Lets not think about tomorrow
明日のことなんて何も考えなくていい

And don't talk, put your head on my shoulder.
何も言わないで、今はただ僕の肩に頭を預けて
“Don't Talk (put your head on my shoulder) " The Beach Boys

■第十三章(1999.January)2■

 スクランブル交差点の向こうから近づいてくる男女が、クボタと、そしてミカであることに僕は気がついてしまった。
 反射的に目を逸らしかけたが、もう遅かった。ミカが僕に向かって手を振ってきた。遅れてクボタが僕に気づき、気まずそうに目を伏せた。

「ユキオさん! キグウですね〜、こんなところで会うなんて」
 ミカは無邪気に僕の傍に走り寄ってきた。クボタが取り残される形で交差点の端に立ち止まった。僕はミユキの横顔を盗み見た。ミユキは微動だにせずクボタの姿だけを見ていた。
「久しぶり」
 気まずさに耐えかねて、僕はミカに向かってつとめて冷静に軽く手を挙げた。「そっちも、久しぶり」
「奇遇やな」
 数メートルほど離れた先で、クボタがさっと手を挙げた。「ミユキも一緒か。久しぶりやな」
 ミユキは何も答えなかった。たぶん聞こえなかったのだろう。人々の行き交う騒がしい交差点の真ん中で、僕らの間に奇妙な沈黙が走った。
「アオヤマは? 今日は一緒じゃないの?」僕は恐る恐る聞いてみた。
「アオヤマさん? さあ、知りません」ミカはあっさりと答えた。「今日はクボタさんとデートなんです」
「まあ、そういうことや」
 クボタが目を伏せたまま言った。そしてすれ違いざまに僕の肩を叩き、「アオヤマには内緒やで」と呟いた。
 これにはさすがの僕もかっとなった。僕は通り去ろうとするクボタの肩を振り返りざまに掴んだ。
「納得のいく説明をしてから行けよ」
 クボタはさっと僕の手を振り解き、
「明日電話する。お互い連れがおんねや、今日のところは勘弁しときや」と言った。そしてそのまま僕に背を向け歩き出した。
「ユキオさん、またね〜」
 ミカが去り際に手を振ってきたが、僕は振り返さなかった。ミユキは最後まで同じ姿勢で固まったままだった。


 あるいは僕がここで、クボタを一発殴っておくくらいのことをしておけば。僕らは別の未来に辿りつくことができていたのかもしれない。
 でもこのとき僕はミユキを連れていた。たとえ何度あの場面に戻ってやり直すことができたとしても、僕はミユキの前で事を荒立てるような選択肢だけは絶対に選ぶまい。だからこのとき僕が黙ってクボタを見送ったのは、仕方ないことだったのだ。

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