Those were the days of our lives
あの頃僕らの過ごした輝ける日々

The bad things in life were so few
人生に悪いことなんてほとんど何もなかった

Those days are all gone now, but one thing is true
全てはもう遠い昔のこととなってしまったけれど、
でも一つだけ確かなことがある


When I look and I find I still love you.
僕は今でも君を愛している
“Those were the days of our lives" Queen

■第一章(1998.September)3■

 九月も半ばを過ぎたというのに、気温はまだ30度に迫ろうというでたらめな暑さが続いていた。
 僕とアオヤマは屠殺場に運ばれていく豚のようにだらしなく頭を垂らしながらJR吉祥寺駅の改札をくぐり出た。

 結局アオヤマの熱意に押し負ける形で無理やり参加させられてしまったオフ会だったが、今回は初の野外開催ということで実は結構楽しみにしていた。なんといっても開放的なのが良い。退屈したらその辺を散歩して気晴らしできる。いちいちトイレに行くのに隣の子に席をどいてもらう気遣いもいらないし、居酒屋特有の不味い揚げ物に向けて遠慮がちに箸を延ばす必要も無い。食い物が足りなきゃ自分でコンビニに行って食べたいものを買ってくればいいのだ。居酒屋よりは予算が安く済むのも赤貧大学生の僕には大変都合が良かった。
 その僕以上にハイテンションで歌いながら前を歩くアオヤマの服格好は、ファッションセンス皆無の僕の目から見てすら致命的にダサかった。紫色のタイダイ加工が汚れた雑巾みたいに見えるTシャツもキツいが、さらにやばいのはその上に羽織っている英字新聞柄のボタンダウンシャツだ。これで本人は精一杯のおしゃれをして来ているつもりらしい。顔の造形はそう悪いものでもないはずなのだが、寝癖つき放題の髪型、暗い表情、猫背、挙動不審なしゃべり方、全てがせっかくの素材を台無しにしていた。一緒にいると絶望的な気分になる反面、「明らかに自分よりひどい奴がいる」というのはある種の安心でもあった。僕の対人スキルがもう少し上がるまでは手放せない人材であることは間違いない。

 土曜午後の井の頭公園は人でにぎわっていた。手を繋いで歩くカップル、アイスクリームを手に走り回る小さな男の子、池を漂うカルガモの写真を取り続けるお父さん、犬の散歩中のおばあさん。バラエティに富んだ人種がそれぞれ思い思いに休日の午後を楽しんでいた。
 12:55に集合場所である弁財天前の橋に着くと、Tシャツにジーンズ姿が健康的なマキちゃんと、キャミソールにミニスカート姿が官能的なヒトミちゃんが僕らに気づいて手を振ってきた。 どちらもクボタの取り巻きの女の子だが、この二人はその軍団の中でも特に飛びぬけて可愛くて性格が良かった。僕とアオヤマなんて本来なら話すだけで課金されてもおかしくないような相手だった。

「ユキオくんアオヤマくん、お久しぶり〜」マキが手を振ってきた。
「お久しぶりって、先月会ったばっかじゃないですか」
 マキは同い年なのでタメ口でも問題はないはずなのだが、女の子に不慣れな僕はどうしても敬語をやめることができずにいた。
「ところでクボタはどうしたんですか? 買いだしも自分がやっとくって言ってたのに」
「それが電話しても出ないの」とヒトミが困り声で返事した。ヒトミは僕の一つ下で、超お嬢様大学に通う一年生だ。どうしてそんなやんごとなきセレブ娘がクボタのような小汚い貧乏人を取り巻いているのか、その仕組みが僕にはさっぱりわからなかった。
「で、で、電車の中じゃないかな」
 アオヤマが僕の背中から言葉を発した。まるで腹話術だ。
「また遅刻かよ、ほんとにいつもいつもあのデブは」
 ただの参加者としての遅刻ならまだしも、今回のクボタは主催であり買い出し係なのだ。食べ物飲み物なしで待たされる参加者に申し訳ないとは思わないのだろうか。
 集合時間を過ぎてもクボタが現れる気配がなかったので、仕方なく僕は手を挙げて言った。
「ここで立ってても仕方ないし、とりあえず僕とアオヤマでコンビニ行って軽く何か買ってくるよ」
「えー、でも悪いよー」とマキ。「もう少し待ってればきっと来るよ」
「大丈夫大丈夫、散歩ついでだから。行くぞ、アオヤマ」
「う、うん」
 アオヤマがリードを引かれた犬のように慌てて後をついてきた。


 公園前のコンビニで酒4本とポテトチップスを2袋買い、荷物は全部アオヤマに持たせた。それくらいは役に立ってもらわないと割に合わない。
「ねえ、ユキオはどっち狙いなの?」
 帰り道でアオヤマが唐突に妙なことを言い出した。
「どっち狙いって、なにが?」
「だから、マキちゃんとヒトミちゃん、どっちを狙ってるのってこと」
「なんだそれ。俺がどっちか狙ってたらお前に何か関係あるのか?」
「いや、ないけどさ」とアオヤマ。「知ってれば少なくとも邪魔はしないで済むじゃん? サポートもできるかもしれないしさ」
「サポート」僕はわざとらしくぷっと息を噴き出した。「おまえ、人のサポート心配する暇があったらもう少し自分の心配しろよ。今日は俺にサポートさせんなよ」
「………」
 またアオヤマが黙りこんでしまったので、僕らは無言で井の頭公園に再び向かった。
 どっち狙いも何も、マキもヒトミも最初からクボタのものなのだ。僕とアオヤマの存在なんてマキとヒトミにとっては「クボタの友達A友達B」以外の何物でもあるまい。 僕らはクボタ様のお情けで、特別に可愛い女の子たちとの会話を許されているだけなのだ。 夢を見てはいけない。期待を持ってはいけない。僕にとってこれは修行の場なのだ。女の子の免疫をつけるための。


 最初の集合場所であった桟橋に戻ってみると、マキもヒトミもいなくなっていた。どこかに移動したのかと辺りを探し回ると、 芝生の向こうから「ユキオ! アオヤマ! こっちこっち!」というクボタの野太い声が聞こえた。声のした方向に視線を移すと、クボタらしき男が胡座のまま手招きしているのが見えた。まるでクボタのほうが最初からいて、僕とアオヤマが遅刻してきたと錯覚するくらい 横柄な呼び方だった。何か納得できないものを感じながら僕はクボタたちの元へ歩き出し、そこで―――初めて気がついた。クボタの隣に、見慣れない少女が座っていたことに。
 少女は僕の視線に気がつくとにっこり笑った。それが、僕とミユキの最初の出会いだった。


→次へ
 
←表紙に戻る