Only you can make this world seem right
君だけがこの世界を正しく作り変えられる

Only you can make the darkness bright
君だけが暗闇に光を燈すことができるんだ

Only you and you alone can thrill me like you do
君だけが僕をぞくぞくさせてくれるから

and fill my heart with love for only you.
君だけへの愛でこの心は満たされてゆくよ
“Only you" The Platters

■第三章(1998.October)2■

 僕らは駅から歩いて海岸道路に出てすぐの所にある、江ノ島水族館に入った。チケット一人1890円はやはり高いので僕からは特に薦めはしなかったのだが、ミユキが自分から「いるかを見たい」とリクエストしてきたので急遽予定に入れた。いるかのショーの時間に合わせて先に一号館でクラゲを見て、地下通路を通って三号館であしかのショーを見た。やる気のないクボタ、緊張で言葉少ない僕を煽りたてるようにミユキは一人ではしゃぎ回っていた。ペンギンのコーナーの前でミユキは僕らを手招きし、「ユキオ君、クボタさん、写真! 写真撮ってもらおうよ!」と叫んだ。
 ミユキが通りかかった観光客に写ルンですを手渡し、僕らはペンギンの柵の前に並んでシャッターを待った。ミユキの隣に立った瞬間にミユキの長い髪から薔薇のような良い匂いがして、僕はこみ上げる何かを抑えようと咄嗟に目を閉じた。シャッターの音が聞こえた時にはもう遅かった。せっかくのミユキとの初の記念写真は、僕の邪な情欲のせいで台無しになってしまった。

 最後は隣の二号館マリンランドで、いよいよミユキが楽しみにしていたいるかのショーを見ることになった。スタジアム状の観客席はほぼ満席という賑わいを見せていた。海風を直接浴びる場所のせいか、雲一つない快晴ではあったが体感気温はだいぶ低かった。ミユキが羽織っていたパーカーのジッパーを閉めた。
「いるかは寒くないのかな? 今日なんかは水もすごく冷たそうだけど」
 ミユキが手のひらを擦り合わせながら言った。この頃にはだいぶミユキの敬語は消え、普通の友達らしい会話ができるようになっていた。
「ある程度はヒーターで水温調節してるはずだけどね」と僕は答えた。「でも北極の近くでも平気でいるかは泳ぎ回ってるって聞いたことあるよ。寒さには結構強いんじゃないかな」
「へえ〜、さすが」
 ミユキが小さく手を叩いた。適当に聞きかじったことを並べただけの信憑性も何もない話だったのだが、ミユキに褒められると自分が何か大変な偉業を成し遂げたような気分になってくるから不思議だ。

 そうこうしているうちにスタジアムに音楽が響き始め、ウェットスーツ姿のお姉さんが二人プール中央のスペースに現れた。お姉さんの手拍子に合わせるようにいるかが列を成して回遊しながら右手から左手へ、左手から右手へと次々に跳躍していく。着水のたびに観客席のすぐ近くまで飛んでくる水飛沫が照りつける日差しを煌めかせていた。万が一の被水が心配になり後列へ移動すべきかと隣を見ると、ミユキがいるかが飛び上がるたびに夢中になって拍手を繰り返していたので僕は話しかけるのをやめた。案外子供っぽいところもあるんだな、と僕はミユキにばれないよう顔を背けて苦笑した。初めて出会ったときの印象とはずいぶん違う。でも幻滅なんてことはもちろんなかった。むしろ新しい一面を次々覗いていけることが、僕は嬉しくてたまらなかった。

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