Desperado, why don't you come to your senses?
ならず者よ、そろそろ君も目を覚ましたらどうだい

Come down from your fences, open the gate
フェンスの上から降りてきて、扉を開けるんだ

It may be rainin', but there's a rainbow above you
雨が降ったってその分綺麗な虹が見れるさ

You better let somebody love you, before it's too late.
誰かに愛してもらうんだよ、全て手遅れになるその前に
“Desperado" The Eagles

■第7章(1998.December)4■

「な、なにをするんですか」タクヤ君が戸惑いの声を上げた。
「わ、私に任せておけばい、いいのではないでしょうか。ほ、ほ、細木でした」
 細木がベンチの上でタクヤ君を押し倒し、組み伏せた。
「ま、まずいですよ! あの人、ここでやる気ですよ!」
 ミカが大声を出したので、僕はミカの頭を抑えつけるようにして茂みのさらに奥に身を潜めた。幸い細木は興奮状態のせいか、聞こえていなかったようだった。
「そんなまさか、こんな人目の多い公園で」
 僕は注意深く辺りを見まわしたが、よく見ると周りは周りで男同士で体をまさぐりあっている連中ばかりだった。状況に対して脳の理解力がなかなか追いついてこなかったが、僕がぼやぼやしている間にタクヤ君の衣服は細木の手によって玉葱の皮のようにするすると剥かれていった。
「た、助けて!」
 タクヤ君の必死の叫び声が辺りに空しく響いた。
「いいですね、その悲鳴。そそります」
 細木が舌を舐め啜った。細木はいつの間に脱いだのか、上半身裸になっていた。
「ミカちゃん、カメラ! カメラ撮って!」
 大声は出せないので、僕は腕をぶんぶん回して精一杯の意思表示をした。
「無理です、この位置からじゃ顔が全部入りません! それにあの人動き速すぎ! これじゃブレちゃってうまく撮れない!」
 ミカはパニック状態になっていた。まさかこんな夕方から、しかも野外で事に及ぼうとするなんて。完全に予想外だった。クエマツさんたちはまだ公園の入り口で待機している。今から救援を呼んだとしても到着まで最低三分。三分もあれば細木の毒牙は充分にタクヤ君の菊門に及んでしまうだろう。悠長に迷っている暇はなかった。
「このカメラ、シャッターを押すだけで大丈夫?」
 僕はミカの手から高そうな一眼レフのカメラを奪い、尋ねた。
「え? は、はい…連写モードにすれば押しっぱなしで大丈夫ですけど」
「僕が行って来る。カメラ借りるよ。ミカちゃんは無線でクエマツさんたちを呼んでおいて」
「わ、わかりました!」
 僕はカメラを構えたまま茂みから飛び出した。なんの計画性もなかったが、仕方ない。 タクヤ君は今まさに最後の一枚を剥ぎ取られようとしていた。ためらっている場合じゃなかった。僕は細木の顔がはっきり写る位置まで思いきって接近し、無我夢中でシャッターを押し続けた。パシャパシャとフィルムの高速回転する派手な音が辺りに響いて聞こえた。
 十枚目を撮ったあたりで細木がようやく僕の存在に気づき、身を起こした。かわいそうに、タクヤ君は意識を失い白目を剥いてしまっていた。

「おやおや…これはとんだゲストプレーヤーがお見えになられたようだ」
 細木がゆらりと立ち上がった。「撮影プレイをご希望ですか? 私も嫌いではありませんが…先に申告しておかないのは、ルール違反なのではないでしょうか」
 細木は褌一枚の相撲取りのような姿でゆっくりとこちらに近づいてきた。たぶん全力で走って逃げれば逃げ切れるはずなのだが、 細木の鋭い眼光を前にして僕は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっていた。潜って来た修羅場の数が違うのだ。闘う前から本能でわかった。僕のかなう相手じゃない。
「そのカメラは大変危険なものです。黙ってこちらに渡すといいのではないでしょうか」
 細木の手がカメラに近づいてきた。「風の谷のナウシカ」に確かこんなシーンがあったな、などと不意に頭に浮かんだがそれどころではなかった。もうだめだ…と眼を瞑った瞬間だった。激しい打撃音が頭上で響いた。
 一瞬自分が殴られたのかと思ったが、どうやら違うようだった。恐る恐る眼を開けてそこに見えたのは気を失って地面に転がった細木の姿と、金属バットを肩に構えたクエマツさんの勇姿だった。後ろからミカやアオヤマたちが走ってくるのが見えた。
「怪我はないですか? 大丈夫でしたか?」
 ミカが僕の服を引っ張って心配してくれたのは有り難かったのだが、僕はぴくりとも動かない細木の容態のほうが心配だった。
「ユキオ君、良くやってくれた。計画は狂ったが、君のおかげでこれ以上ないくらいに決定的な証拠が手に入った」
 クエマツさんが僕の手を固く握り締めた。
「こいつはもう終わりだな。いい気味だよ」
 アオヤマが横たわる細木の横腹を軽く蹴った。腹肉がブヨブヨとゆるく揺れた。




 こうして細木はこの日を境にサイトを閉鎖し、ネットから姿を消した。
 この件は後のネット史には「細木の部屋、突然の閉鎖」としか書かれていない。
 実際にはこの後も影で色々と動きがあったわけなのだが、これ以上のことはまあ、別の機会にでも。


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