Desperado, why don't you come to your senses?
ならず者よ、そろそろ君も目を覚ましたらどうだい

Come down from your fences, open the gate
フェンスの上から降りてきて、扉を開けるんだ

It may be rainin', but there's a rainbow above you
雨が降ったってその分綺麗な虹が見れるさ

You better let somebody love you, before it's too late.
誰かに愛してもらうんだよ、全て手遅れになるその前に
“Desperado" The Eagles

■第7章(1998.December)1■

 細木が待ち合わせに指定してきた葛西臨海公園というのは実際駅を降りてみると「公園」とは名ばかりの、地平線の先まで延々と芝生が広がるただの野原のような場所だった。周りにはビルどころか建築物と呼べそうなものはほとんど何もなく、吹きさらしの海風が容赦なく肌に突き刺さってくる。土曜日の午後だというのに辺りには人の気配がまるでなかった。
「お待たせして申し訳ないのではないでしょうか。細木でした」
 茶色のトレンチコートを纏った細木が約束の15時ちょうどに現れた。僕らの見張るこの公衆トイレ前のベンチからでは少し遠すぎて、丸々と太った細木の姿は揚げたてのミートボールのように見えた。

 今日の作戦のために出動している細木対策委員会のメンバーは、全部で二十人。そのうち細木の背中に常に張りつき動向を報告する役目が現役女子高生のミカと、何の因果か僕だった。僕らのさらに後方からついてきて全体の作戦の指示を出しているのがクエマツさんとアオヤマを含む、対策委員会本部の五名。残りの十三名は我々が細木を見失った場合に備えて、近隣の駅や主要施設に分散し待機してもらっていた。細木がこの後タクヤ君をどこへ連れまわそうとしても抜かりはない、はずだ。
 それにしても細木、「評価のことで話がある」と言っておいて指定した場所が葛西臨海公園というのは、いくらなんでもやりすぎだ。どう考えても評価の話で公園で会う意味がわからない。今までがたまたまうまくいっているからといって、だんだん手順が杜撰になってきている。完全に奢っているのだ。このデート自体が罠だとも、おそらく今の細木ならば気づくまい。

「こんなところにお呼び出しして申し訳ないですね。ただなんとなくタクヤ君のページイメージ的に、こんな都心の人工的な海というのはぴったりではないか、と思いまして」
 細木の声が数十メートル離れた僕の耳元にもはっきりと聞こえた。タクヤ君の胸元に隠した集音マイクが発信専用のトランシーバーも兼ねていて、我々全員のイヤホンに声が飛んでくる仕組みになっているのだ。さすがオタクが何人も集まって知恵を出し合っただけのことはある。急ごしらえの仕掛けにしてはよくできていた。
「今日は一日かけてあなたという人柄をしっかりと見極め、その上でホームページの評価を下したいと考えています。ぜひよろしくおつきあい願いたいのではないでしょうか。細木でした」
「はあ…」
 タクヤ君がやる気のない相槌を打った。無理もない。こうして双眼鏡で覗き見ているだけの僕ですら、すでに帰りたくなっているくらい細木の笑顔は気味が悪かった。

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