Winter, spring, summer or fall 冬でも、春でも、夏でも、秋でも Hey now, all you've got to do is call 君はいつでも僕を呼んでくれればいい Lord, I'll be there, yes I will 僕はすぐに君の元に駆けつけるよ、約束するよ You've got a friend. そう、君には友達がいるのだから “You've Got A Friend" James Taylor |
■第十二章(1999.January)2■ といっても、僕の知り合いでクボタの息がかかっていない人間の数なんてたかが知れていた。皮肉にも自力で何とかしてみようと考えてみたことで僕は初めて、今までどれだけ自分がクボタという存在に依存していたのかを思い知らされることになってしまったのだった。 数少ない僕の独自の知り合いといえば…この間のオフで会ったワタベさんと阿仁木さん…は呼ぶのはやめておくことにした。僕のオフで暴れられたら僕が監督責任を追及され逮捕されかねない。オフ会ごときで前科者になる覚悟まではさすがになかった。 比較的まともそうなところで、僕は細木事件絡みで知り合えたクエマツさんと倉沢さんに「オフをやるので来ていただけませんか」と恐る恐るメールしてみた。すぐにクエマツさんから電話がかかってきた。 「いつやるんだ? 多少の予定は繰り上げてでも行くよ」 クエマツさんは陽気に笑った。ようやく頼もしい援軍が現れてくれた、と僕は歓喜した。 しばらく世間話をした後、ところで、とクエマツさんがもったいぶった前置きをして言った。 「個人ホームページ情報を取扱った、新しいネット雑誌の企画があるんだ。ユキオ君、よかったらそれを手伝ってみないか?」 「雑誌…ですか?」 僕は戸惑いの混じった声で言った。「手伝う、というのは具体的にどういった形でしょうか?」 「ライターとして記事を書いてもらう、という形でだ」とクエマツさんは言った。 「僕が、ライター、ですか」意外な誘いに僕はカタコトの外国人のようなぎこちない声で鸚鵡返した。 「毎日ホームページにあれだけの長文を書いてるんだ。文章の仕事をしてみたいとは思ってただろ?」 「ええ、まあ」と僕は小さな声で言った。この頃の僕にとって文章というのは「書かせていただくもの、読んでいただくもの」であって、 「金を貰えるもの」ではまったくなかったのだ。もちろんそういう仕事に興味がないわけがなかった、むしろ大ありだった。 でも僕にはまだ早すぎると思っていた。もっと書いて書いて書きまくって、技術を磨いてから考えることだと思っていた。それがまさか、こんなに早くチャンスが巡って来るとは。 「うちは弱小出版社だから、そんなに原稿料は出せないと思う。君だから隠さずに言うけど、上司には『安くこき使えそうな学生をネットで何人か見つけて来い』と言われてるんだ」 なるほど、単純に予算の問題だったということか。僕の才能を見込んで、とかそういうことではなかったことに少々の失望はしたが、まあ理由に納得できたのですっきりはした。 「単なる金稼ぎのバイトと考えたら、はっきりいって割に合わない仕事だ。面倒ならきっぱり断ってくれて全然かまわない。 でもこれは友人として商売抜きで言うけど、君にとって一つのチャンスであると私は思ってる。この先文章でメシを食っていくつもりがあるならね」 僕はなんと返事していいものかわからず、黙っていた。この返事は自分の人生の方向性に大きく左右しかねない。それがわかっていたからこそ迂闊には口を開くことができなかった。 「雑誌自体まだ本決まりになったわけじゃないし、今すぐ返事をくれとは言わないよ。またいずれ改めて声をかけてみるから、考えるだけ考えておいてもらうってことで。いいかな?」 「はい、それでお願いします」と僕は言った。最後に少しオフ会の話をして、僕はお礼を言って電話を切った。 電話を切った後で、僕はどうしてクエマツさんの誘いにすぐ「やります、やらせてください」と即答できなかったのかを色々と考えてみた。 やれる自信はあった。趣味でやっているホームページの評論文でさえ、書くことがやめられなくて徹夜になることがしばしばあるのだ。たとえ紙のように薄い原稿料だろうとも、お金をもらってネット関係の記事を書くなんて楽しいことなら三徹でも四徹でも平気でこなせてしまうに違いない。 そういう意味では、僕はライターに向いているのだと思う。好きなことを仕事にして生きていけたらどれだけ人生は楽しいかと、憧れは膨らむばかりだ。 でも僕にとって楽しい人生が、僕の大切な人達に楽しい人生をもたらすわけではなかった。ライターというのがどれだけ過酷でどれだけ儲からずどれだけ将来の保証のないリスキーな仕事であるかは、色々な人からそれこそ耳にタコができるほど聞かされていた。そこが引っかかっているから、僕はクエマツさんにすぐに返事ができなかったのだ。 少なくとも親は反対するだろう。良い会社に就職させるために親は高い金を出して僕を大学に行かせているわけなのだから、それを裏切る結果になるのは僕だって心苦しい。それに何より、安定した収入がなければ僕はよくてもミユキを幸せにすることができない。その日暮らしの半プータローのような身分で将来ミユキに「俺についてこい」なんて言えるわけがない。言う機会が来るか来ないかはまた別の問題にしても。 もちろん今回の話自体は単なるバイトの誘いに過ぎない、一生続ける責任があるわけではない。そんなに難しく考えなくても、「就職するまでの暇潰し」と割り切って卒業までの残り二年間、期間限定で働いて楽しむことだってできなくはないだろう。現状ではそれが一番賢い選択肢のようにも思える。二年経ったら僕はライター稼業もホームページ運営もきっぱりやめてつまらない三流企業に就職し、 やがて義理で呼ばれた忘年会の席で「俺、昔ライターやってたことあるんだよ」と後輩相手に得意げに一席打つのがお定まりというようなくだらない大人になるのだ。そう決まっているのだ。 でも、それで本当にお前は満足なのか? 心の中でもう一人の僕が僕に問い掛け、僕の思考はまた堂堂巡りを始める。今夜もまた眠れそうになかった。 翌日、忘れた頃に倉沢さんからメールが返ってきた。 「申し訳ない」 |