I'll take your part, when darkness comes
暗闇が訪れるときは、僕が代わりに引き受けよう

And pain is all around
痛みが君を引き裂こうとするときは

Like a bridge over troubled water
荒海に投げかける橋のように

I will lay me down.
僕がこの身を横たえ君の支えとなろう
“Bridge over troubled water" Simon & Garfunkel

■第十六章(1999.February)2■

 その後もミユキは三軒の食材店と五軒の雑貨店を梯子して歩き、聞いたことのない名前のお茶やら饅頭やらパンダのキーホルダーやらを次々と買い込んでいった。ずっしりと重くなった荷物で重心が崩れるらしく、ミユキは歩きづらそうに身体をくねらせていた。持ってあげるよ、と僕はそれを奪おうとしたがミユキは頑として渡してこない。それでもしつこく奪い取ろうとすると、ミユキはこう言ってきた。

「じゃあさ、一緒に持とうよ。それなら平等じゃない?」

 ミユキは右手を手繰るようにして僕の左手を取り、ビニール袋の取っ手部分ごと一緒に握り締めた。
 その手のひらは僕が想像していたよりも遥かに小さく、温かく、柔らかかった。少しでも力を入れたら壊れてしまいそうな気がして、僕はほんの少しだけ指先の力を弱めた。でもミユキはそんな弱気な僕を励ますかのように、きゅっと一度僕の掌を強く揉んだ。 その感触はまるで鉄粉が酸素に触れて科学反応を起こすように、僕の細胞の一つ一つに燃えるほどの高熱を与えた。涙が出そうになったが、歯を食いしばるようにして懸命にこらえた。まだ早すぎる。僕にはきっと、これからもっと大きな喜びが待っているのだ。その時まで、涙はまだ取っておこう。




 朝陽門から中華街を抜け、交差点を渡るとその先には山下公園が見えてきた。通りがけの店で美味そうなソフトクリームを売っていたので、買って公園で食べないかと誘ってみたのだが案の定きっぱりと断られてしまった。
「だめだよ、さっきお昼食べたばっかりでしょ?」
 お昼を食べたばっかりだと何がだめなのかはわからなかったが、ミユキが食べたくないのなら僕だけ一人で食べてもつまらないので諦めることにした。
「ミユキって『だめだよ』っていうの、口癖だよね?」
 僕はちょっと意地悪な声で訊いてみた。別にアイスを食べられなかった恨みを晴らしたかったわけではないのだが。
「ええっ? わたしそんなこと言ってる?」
 ミユキは道端でいきなり立ち止り、何か必死に考え始めた。
「そういえば、言ってるかもしれない…」
「気がついてなかったの?」
「気がついてなかったよ」
 ミユキは頬を赤らめ首を傾げた。「なんか嫌なやつみたいじゃない? すぐだめだよだめだよって、否定ばっかりするのって」
「いや、そんなことないよ。最近は君にだめだよって言われるの、快感になってきてるし」
「なんかそれ、すごいマゾっぽいね」ミユキが笑った。

 実際のところミユキに「だめだよ」と言われるのは僕にとっては嬉しいことだった。別にマゾだからというわけではない。口癖をよく喋るというのは、それだけミユキが僕の前でリラックスして自然に喋ってくれているということに他ならないからだ。それが何よりも嬉しい。



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