The sun is out, the sky is blue
太陽が昇っている、空は青く澄み渡っている

There's not a cloud to spoil the view
雲一つ無い、見渡す限りの快晴だ

But it's raining,
でも雨が降っている

Raining in my heart.
僕の心に雨は降り続いている
“Raining in my heart" Buddy Holly

■第八章(1998.December)3■

「そろそろ電話でも来ると思っとったで。ほんまわかりやすいやっちゃなあ、お前は」

 クボタが意地悪く笑った。まったくこのクボタ様は僕のことなど何もかも全部お見通しなのだ。
「ミユキな、泣いとったよ」とクボタは言った。「お前にもう会わないほうがいい、言うたことを後悔しとった。大事な友達だったのに、自分の余計な一言で全部を台無しにしてしまった、って」
 その「大事な友達」という言葉はほんの一瞬だけ僕を喜ばせたが、その後ですぐに憂鬱の谷底へと容赦無く突き落としてくれた。大事だろうが大事じゃなかろうが、しょせん友達は友達だ。僕がなりたかったのは恋人であって、それを断られたという事実が今さら覆るわけじゃない。
「ていうか、お前なあ」クボタは続けた。「会わないほうがいい、言われてほんまに会わんようなる奴おるか普通? 説得するとか懇願するとか、何かしらやることがあるやろ。何逃げとんねん。泣かせとんねん。そんなんだからお前はモテんのや」
 言っていることは全部ぐうの音も出ないほどに正論だったが、それを聞かされる相手がクボタであったことが僕を激しく苛立たせた。他の誰に言われても仕方ない、でもクボタにだけは言われたくなかった。
「ミユキはお前のことが好きなんだよ」
 僕は悔しさに唇を結んだまま小声で呟いた。
「知っとるわ、そんなこと」クボタはあっさりと言った。「だから俺から『奪っていけ』て、最初に言うたよな? 今まで俺はできる限りお前に協力してきたやんか。まさかそれも忘れて俺を恨んどる、とか言うつもりやないやろな?」
 僕は答えに詰まってしまった。僕がクボタに対し、逆恨みに近い感情を持っていることは否定できなかったからだ。
「まあええわ、俺を恨みたきゃなんぼでも恨んだらええ。そんなことはどうでもええんや。それよりミユキを泣かせたことについての責任だけは、お前にきっちり取ってもらうで」
「責任? どうやって?」
「お前から自分が悪かった、仲直りして欲しい、ってミユキに頭下げるんや。それで少なくとも、また友達には戻れるやろ」
「簡単に言うなよ」
 僕はため息をついた。それができる勇気が僕にあるならとっくの昔にやっている。
「きっかけはミユキが作ってくれたやろ?」クボタは意地悪そうに笑った。「あの掲示板の書き込みな、ありゃ実は俺の助言や。仲直りのきっかけが欲しい、何かいい方法はないかって、ミユキが俺に泣きついてきよってん」
「え?」
 思いもよらない方向から飛んできた謎の答えに驚いて、僕は甲高い声を上げた。
「お前な、友達にしてはけっこう大事に思われとるみたいやで。完全に脈がなくなった、ってわけでもなさそうやんか。もうちょっと頑張ってみるだけの価値は、まだあるかもしれへんよ」
 僕は息を飲んだ。クボタの言葉は単なる慰めに過ぎないとわかってはいたけれど、「まだ脈があるかも」なんて言われては未練が再燃するのも仕方ないというものだろう。
「まあとりあえずは、お前から謝って仲直りせえよ。先のことはこれからまた考えればええやろ」





 電話を切った後で、僕はクボタの言葉に力をもらい立ち直りかけている自分がいることに気がついた。それで僕はどうしてクボタが女にモテるのか、なんとなくわかった気がした。
 認めたくはないが、クボタには人の心を操る才能があった。なぜかはわからないがクボタの関西弁は聞く人間の心を容易く揺り動かしてしまうのだ。現にさっきまでクボタを憎んでいたはずの僕でさえ、その言葉を聞いた後ではこうしてしっかり励まされ感謝の気持ちまで抱かされてしまっている。まったくたいした詐欺師だ。素直に感心してしまう。
 ただ人は心が弱ったとき、誰かに支えてもらいたいと思うものだ。例え相手が口先三寸の詐欺師とわかっていても、頑張れと声に出して励ましてもらえるのはやっぱり嬉しいことなのだ。それは僕だってミユキだって誰だって、みんな同じなのだ。クボタはそれができるからモテる。僕はできないからモテない。簡単な理屈だ。

 でも僕はこのとき誓ったのだ。
 友達でもなんでももうかまわない。ミユキが誰を想っていても、僕のものになってはくれなくても。ミユキの側でミユキを笑わせることができるなら、それだけでかまわない。残酷な現実の前でこれから僕がどれだけ傷つこうが、そんなことはもうどうだっていい。
 僕はミユキの屋根になろう。
 たとえミユキに見上げてもらえなくとも。愛してもらえなくとも。

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