This song is over
歌は終わった

I'm left with only tears
僕に残されたのはただ涙の雫だけ

I must remember
僕はこの胸に刻み続けねばならない

Even if it takes a million years.
たとえ百万年という時がかかろうとも
"Song is over" The Who

■第十七章(1999.February)3■

 ミユキの死から四日経った2/11の夜、僕は自分のサイトをサーバ上から全て削除した。
 何も言わずに完全逃亡というのはあまりに失礼だったので、「閉鎖します。オフ会は中止です、すみません」と一言だけ書いた文面をトップページに上げておいた。アオヤマに電話し、進めていたオフ会の企画を中止にしてもらうよう頼んだ。 アオヤマが電話の向こうで何か騒いでいたが、僕は無視して切った。向こうから電話を入れられるのが鬱陶しかったので、携帯は電源を切ってそのまま机に放ってしまった。

 せっかく来てくれるはずだった25人もの人間に対し開催二日前のドタキャンという不義理をしてしまい、僕は日記系界隈での面子を完全に失った。クエマツさんに誘われていた雑誌の話も、これでお流れが決まったようなものだった。 でもこの頃の僕にはもはや喪失感はなかった。僕はすでに自分の命より大切だったものを失ってしまったのだ。いまさらネットの立場を失おうが仕事のチャンスを失おうが友達を失おうがバイトを首になろうが留年しようが、そんなことはもうどうでもいいことだった。いざとなれば僕もミユキの後を追って死んでしまえばいい。ミユキのいないこの世界に僕がとどまる理由なんて、もう何もないのだ。


『今のうちかまってもらおうと思って。手の届かないところにいっちゃうその前に』

 僕はいつかのミユキの言葉を思い出していた。
 やっぱり君は大嘘付きだ、と僕は心の中で叫んだ。先にかまってくれなくなったのは君のほうじゃないか。先に手の届かないところに行ってしまったのは、君のほうじゃないか。僕に行きたいところなんてほんとはなかった。僕に辿りつけそうな場所なんてどこにもなかった。ほんとの僕は君に買いかぶってもらえるほど大きい男じゃなかったんだよ。僕は君のそばにいたかった。それだけで良かったんだ。君の他に欲しいものなんて、僕には本当に何もなかったんだ。
 悲しみと後悔の後に僕の心にやってきたのは、ミユキへの猛烈な憎悪と憤怒だった。どうしてあのとき補聴器を落としたりしたのか。どうして車くらい注意できなかったのか。どうして僕を残して死んでしまったのか。どうしていつもいつも僕の心をこんなに苦しめるのか。どうして、どうして、どうして。 その幾万の疑問符は鋭い刃となってあらゆる角度から僕を襲い、猟奇殺人者の拷問のように僕の肉を少しずつ切り刻み削ぎ落としていった。
 痛みにのたうち回る僕を嘲り笑うように、ミユキの幻は気がつくと僕の傍らに立ち僕を見下ろしていた。僕はその首を締めてやろうと必死に手を伸ばす。でも僕の手はいつもミユキには届かない。あともう少し、というところでいつもミユキはふっと消えてしまう。僕は攻撃目標を見失い、また痛みに身悶え布団を転がり始める。そんなことを何度も何度も繰り返し続けていた。
 死んでしまった好きな女の子のことを憎むだなんて、我ながら最低の人間だと思う。でもこの頃の僕は、憎むという方法でしかこの胸を渦巻く激しい衝動を外に放出することができなかったのだ。


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