Would you hold my hand if I saw you in heaven?
もしも天国で会えたなら、君は僕の手を握ってくれるかな

Would you help me stand if I saw you in heaven?
僕が立ち上がるために力を貸してくれるかな

I'll find my way through night and day
でもいつか僕はすべてを乗り越えて、
自分の道を見つけてみせるよ


'cause I know I just can't stay here in heaven.
だって僕は天国になんていられるような男じゃないから
“Tears in Heaven" Eric Clapton

■第十九章(1999.February)2■

 家に帰ってすぐ、礼服のまま布団に倒れこんだ。夜になってまた熱が出てきたのだろう、自らの体温で冷たい布団がみるみる温まっていくのがわかった。胃に鉛を詰められたような嘔吐感がじわじわとやってきたが、布団の上で吐くわけにはいかないので僕は目を閉じて必死で耐えた。
 ここで眠ったまま死んでしまえたら楽なのにな、なんてことをふと考えもした。アオヤマもクボタもいなくなってしまった今、もう無理して生き続ける必要もなくなった。今更死ぬくらいで全部なかったことにできるだなんて思っちゃいない、そんなことで帳消しになるほど僕の罪は軽くない。でもアオヤマは死の間際、「一足先に向こうで待ってる」と言ったのだ。 アオヤマがそれを望んでいるなら…せめてそれだけでも叶えてやるのが、僕にできる最後の贖罪の方法なのかもしれない。
 もう、疲れた。全部終わりにしてしまおう。これ以上誰かを不幸にする前に。
 そう思って眠りに落ちかけたところで、携帯が震えた。発信者の欄には「ミユキ」と出ていた。




「夜分遅くにすみません。以前にもお電話させていただきました、―――の姉です」
 ほんの僅かでも、ミユキ本人からなのではないかと期待してしまった自分を呪った。期待をするから裏切られたと感じるのだ。最初から何も考えなければ、 こんな電話は無視して出ないでいられたのに。
 一度出てしまった以上無視するわけにもいかないので、僕は仕方なく「この間はろくに返事もできず、失礼しました」と謝った。ミユキの姉は優しい声で「気になさらないでください、お気持ちはとてもわかります」と言った。その喋り方と声は初めて出会った頃のミユキの敬語口調にとてもよく似ていて、 それで僕は瞬間的に泣き出しそうになるのをぐっとこらえた。
「今日お電話させていただいたのは、実は妹の遺品のことでして」とミユキの姉は言った。「できれば貴方に直接、渡したいものが出てきたんです」
 僕に渡したい遺品?
 そんなものが何かあっただろうか。思い当たるものといえば…去年のクリスマスにあげた絵本くらいしかなかった。でもそれをあげたのが僕であることを本の外装から辿れるわけがないし、そもそも普通そんなもののことでわざわざ電話はしてこないだろう。
「差し支えなければ住所を教えていただけませんか? ご都合の宜しい日に伺わせていただきます。もし直接がご迷惑なようであれば、郵送でもかまわないのですが」
「いえ、そういうことであれば僕がそちらに受け取りに伺います」と僕は言った。「野方には何度か行ったことがありますし、大学から足を延ばせばすぐですから」
 大学からすぐというのはもちろん嘘だったが、この場合はついても許される嘘だろう。
「でも…」ミユキの姉は少し迷った後、
「わかりました、では野方の西武新宿線改札前ということでどうでしょうか?」と言った。「遺品自体は紙袋に入るくらいの小さなものなので、そのまま鞄に入れて持って帰れると思いますので」
「わかりました。では明日の夜七時くらいでどうでしょう?」
「それで大丈夫です。先に待っていますので、着いたら携帯を鳴らしてください。よろしくお願いします」


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