If there was a way
もし他に何か方法があったなら

I'd hold back these tears
僕はこんな風に涙に濡れることもなかったのかな

But it's Christmas day
でももう今日はクリスマスなんだ

Baby please come home.
だから帰っておいで、僕の元へ帰っておいでよ
“Christmas (baby, please come home)" U2

■第十章(1998.December)6■

 話が進むごとにミユキは少しずつ顔を伏せていき、最後にはまるで誰かに謝っているような姿勢になってしまった。瞳に涙の雫こそ見えなかったが、ミユキの心はすでに泣いていた。僕にはわかった。

「夜中に悪夢で目覚めて泣き喚いたり、イライラして家族にやつ当たりしたりすることもあるんだよ?」
 ミユキが僕の顔を覗き込むように迫ってきたので、僕はどきりとした。でもミユキはすぐにまた元の姿勢に戻ってしまった。
「ユキオ君はそんな醜いわたしを知らないだけだよ。ほんとのわたしを知ったらきっと、幻滅するよ」
「しないよ」
 僕は即答した。「僕でよかったら好きなだけやつ当たりすればいい。喜んで胸を貸すよ」
「もの投げるよ?」
「いいよ」
「罵倒するよ?」
「そんなの慣れてる。むしろ歓迎」
 ミユキがぷっと噴き出した。それでいい。ミユキが笑ってくれるなら、僕のつまらない自尊心なんて粉々になったっていい。
「むしろやつ当たりでもしてくれたほうがありがたいかな。それで君がストレス解消できるなら、それは僕が君の役に立てた、ってことだから」
 ミユキは俯いたままの姿勢でゆっくりと首を横に振った。
「もう、とっくに役に立ってるよ。これ以上ないってくらい」


 10年の時が経った今振り返ってみれば、僕はこのときミユキを無理やりにでも抱きしめるべきだったのだと思う。ミユキは明らかに弱りきっていて、誰かの支えを求めていた。クリスマスという言い訳を最大限に利用し多少強引に友達という境界線を侵犯してみせたとしても、そう悪い結果にはならなかったものと思う。でもこのとき21歳の僕に、女性恐怖症で童貞で何一つ誇れるものを持たない当時の僕に、そんな選択肢が思い浮かぶわけがなかったのだ。

 次の電車がホームに入ってきて、再び人波がこちらに押し寄せてくるのが見えた。
「そろそろ帰らないと。クリスマス会、始まっちゃうよ」と僕は言った。
 ミユキは電光掲示板の表示と時計を交互に見比べて、「そうだね」と言った。
「マフラー、ありがとう。使うのが僕なんかで悪いけど、一生大事にするから」
「一生なんて無理だよ、たぶん来年には解けちゃうよ」ミユキが苦笑した。
「また古本屋、遊びに行ってもいいかな?」と僕は思いきって訊いてみた。
 ミユキは少し迷った後、「居眠りしてたら、そっとゆすって起こしてね」と言った。
「それじゃ、行くね。メリークリスマス」
 ミユキは手を振って去っていった。
「メリークリスマス」と僕も手を振った。ミユキの背中が人波の向こうに消えていくまで、何度もずっと。



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