Would you hold my hand if I saw you in heaven?
もしも天国で会えたなら、君は僕の手を握ってくれるかな

Would you help me stand if I saw you in heaven?
僕が立ち上がるために力を貸してくれるかな

I'll find my way through night and day
でもいつか僕はすべてを乗り越えて、
自分の道を見つけてみせるよ


'cause I know I just can't stay here in heaven.
だって僕は天国になんていられるような男じゃないから
“Tears in Heaven" Eric Clapton

■第十九章(1999.February)1■

 アオヤマの通夜は事件が事件だけに、ごく少数の親族の間でだけでひっそりと行われることになったようだった。もともと友達などほとんどいない男だったので、大々的にやったところでどのみち参列者など来なかっただろうが。
 僕は事件の関係者ということで特別に警察にアオヤマの実家の電話番号を教えてもらい、アオヤマの母親になんとか通夜に参列させてもらえないかと聞いてみた。アオヤマの両親にどうしても一言、謝りたかったからだ。
 目の前にいながらアオヤマの自殺を止めることができなかったのだ、拳の一発や二発くらいは覚悟していた。むしろそういう目に見えるわかりやすい罰を受けて自らの過ちを形づけてもらうことを、僕自身が密かに期待してすらいた。 だがアオヤマの母親は忙しいだろうから来なくていい、その気持ちだけで充分だと僕をやんわりと拒否し続けた。押し問答の最後に僕が「アオヤマは素晴らしい友人でした。助けられなかったのは僕のせいです。申し訳ありませんでした」と謝ると、アオヤマの母親は「貴方のような友人がいて息子は幸せだったと思う」と涙声で答えてくれた。僕はありがとうございます、と棒読みで礼を言っておいた。涙は出てこなかった。僕の中の悲しいという感情のセンサーはもうとっくに壊れてしまっていた。

 せめてクボタの通夜には出ておこうと、礼服に着替えて電車で大宮まで向かった。斎場は広くも狭くもないごく普通の大きさのはずだったが、溢れるほどの参列者で芋洗い場のようになっていた。アオヤマとは違いクボタは友達の多い男だったし、なにしろ事件は全国放送されたのだ。小学校の元クラスメイト程度の仲でも、ニュースで名前を目にすればそれは焼香の一つもしに行こうかと思いついて当然というものだろう。
 マスコミ関係者と思われる撮影機材を持った男たちが数人、入り口の脇に固まって何か話をしていた。昨日の今日で僕の存在をもう彼らが掴んでいるということはさすがにないはずだが、変にうろうろしていると呼び止められて何かコメントを求められたりするかもしれない。目敏い週刊誌記者あたりに動揺を見抜かれたりすると厄介なことになりそうだった。 焼香を済ませたらとっとと帰ろうと思ったのだが、その帰り際に予想外の人物に声をかけられた。さやさんだった。

「ネット上の友達関係なんて無力なものよね」
 さやさんは悲痛な面持ちで呟いた。いつもと違う地味な礼服に身を包んださやさんはまるでテレビのサスペンス物に出てくる美人未亡人のようで、その嘘臭さは僕に「本当はぜんぶ架空の世界で起きた架空の出来事なのではないか」という期待に似た錯覚を与えた。でももちろん全てはフィクションではなく、現実だった。
「私はユキオ君とは、それなりにけっこう親しいつもりでいたんだけど。でもユキオ君のホームページがなくなって、クボタ君がいなくなってしまって、私はユキオ君と一切の連絡が取れないことに気がついちゃったのね」
 大宮駅から少し歩いた商店街の寂れた喫茶店で、僕は無言でさやさんの話を聞いていた。茶の誘いなど無視して帰っても良かったのだがそうしなかったのは、僕もたぶん誰か知っている人間の声を聞きたかったのだろう。別にさやさんでなくても、誰でも良かったのだ。僕をこの絶望の檻の中から、少しでも助け出してくれる可能性のある人間ならば。
「私は冷たい人間なのかもしれないね」とさやさんは言った。「クボタ君が死んだと聞かされてから、まだ一度も泣いてないんだ。もちろん私だって、泣けるものなら泣いてあげたいと思ってはいるんだよ? でもそういう風に『泣いてあげたい』なんて思ってしまうこと自体、傲慢なんだよね」
 さやさんの声は僕の左耳から右耳へ、からっぽの頭の中をするりと通り抜けていった。僕にはさやさんへの同情心などこれっぽっちも残っていなかった。誰かのために泣いてあげたいとも思えなくなってしまった今の僕は、きっともう人として終わってしまっているのだろう。
「クボタ君は私の前でよくユキオ君の話をしてたよ」とさやさんは続けた。「ユキオ君が彼のことをどう思ってたのかは知らない。でもね、クボタ君はきっと君のことが好きだったんだよ。好きじゃなきゃ、あんなに楽しそうに君の話ばっかり私の前でするはずないもの」
 やめてくれ。僕は心の中で静かに叫んだ。今更そんなことを聞かされたって、もう遅いんだ。何もかもが終わってしまった後でそんなことを言われたって、もう遅いんだ。
「ユキオ君のことだから、きっと今回のことに何か責任を感じて自分自身を責めてるんだと思う。責めるなとは言わないよ。そんなこと言っても無駄なのはわかるし、私にそれを言う資格もないしね。 でもユキオ君が私のことを、友達…ううん、単なる知り合いでもいい、ほんのちょっとでも君の人生に関わった脇役の一人と思ってくれるなら、一つだけお願いがあるの。すごく簡単なこと。10分あれば済むと思う」
 さやさんは真剣な目で僕を見据えていた。僕は少し迷った後、
「聞けることなら聞きます。なんでしょう」と言った。
「ネットを見て」とさやさんは言った。「メールボックスを開いてみて、掲示板を覗いてみて。レスがついてないとこ見るとたぶんユキオ君、あれから一度もネットに繋いでないでしょ?」
 メールボックス? 掲示板?
 予想していなかった内容に、僕は虚をつかれ戸惑った。そんなもの記憶から完全に抜け落ちていた。掲示板なんて存在を忘れすぎていて、レンタルサービスを停止しておくという発想すらなく放置したままだった。
「わかりました。そんなことで良ければ」と僕は言った。どうせもう二度と会うこともない人間との約束だ、守れなくとも何かペナルティがあるわけじゃない。とりあえず首を縦に振っておくだけでこの場から開放してもらえるなら、適当に振るだけ振っておけばいい。
 さやさんはゆっくりと立ち上がった。そしてこう言った。
「引き止めてごめんね。これはからかってるんでも何でもなく、真剣に言う。
私はユキオ君のことが好きだよ。ユキオ君が立ち直って幸せになってくれることを、心から願ってる」


→次へ
←表紙に戻る