I'm dreaming of a white Christmas
僕は夢見ているんだ、ホワイト・クリスマスを

With every Christmas card I write
手書きのクリスマスカードの束を抱えながら

May your days be merry and bright
君の毎日がいつも明るく楽しいものでありますように

And may all your Christmases be white.
君のクリスマスが白銀の輝きとともにありますように
“White Christmas" Bing Crosby

■第九章(1998.December)4■

 クリスマスの魔力というのはどうやら僕のような不細工にはまったく関係がなく、ただ美男美女同士を惹き寄せあうためだけに存在しているものらしい。ほんの五日ほどバイトを休んでいた間に、密かにお気に入りだったフロアの新人女子高生にいつの間にか彼氏ができていた。相手は誰かと聞いてみたら何のことはない、いつも僕と一緒に組んで深夜のキッチンに立っている小林という後輩の美形男だった。

「ほんとにあるんだな、クリスマス用の滑り込みカップルって。御伽話かなんかだと思ってた」
 僕はハンバーグ用の鉄板プレートのたまったシンクでたわし片手に四苦八苦している小林の背中に向かって、若干嫌味のこもった声で言った。冬の洗い場は手が荒れるので、年若い者が率先してやるのがこの職場の暗黙のルールだ。
「別にクリスマス用ってわけじゃないっすよ」
 小林は擦り終えたプレートを乱暴に洗浄機に放り込んでレバーを下ろした。ズゴゴゴゴ、という地獄の蓋が開くような恐ろしい異音とともに洗浄機が回りだした。
「以前からじっくり口説いてて、たまたまこの時期にオッケーもらっただけですよ。まあそういう意味では、向こうはクリスマスを意識したのかもしれないですけどね」
 以前からじっくり口説いてて? クリスマスを意識したからオッケーをもらえた?
 僕は小林の話に自分とミユキのケースを一瞬重ねかけたが、ミユキがそんなムードに迷うタイプの女の子ではなさそうなことにすぐ気がついた。それにムードで騙して一時的に交際の言質を取れたとしても、そんなものが長続きするわけがない。僕とミユキの間に横たわる諸問題を根本的に解決できない限り、僕がミユキとつきあえる日は永遠に来ないのだ。
「そういうユキオさんは、クリスマスはどこで過ごすんですか?」
「ん、俺? そりゃお前…男同士で飲み会だよ」
 まさかネットの知り合いとオフ会だ、とは言えない。あんな自意識過剰なホームページを毎日のように更新していることがリアルの知り合いに一人にでもばれたら、その場で割腹自殺確定だ。
「またまた、とぼけないでくださいよ」小林がにやついた。
「とぼけてなんかないよ」
「ユキオさんは最近彼女ができたって、みんな噂してますよ」
「はあ?」
 なんなのだそのスポーツ新聞の飛ばし記事のようないい加減な情報は。僕は痛む頭を抑える仕草で言った。
「その噂は間違ってるから、お前が責任持って訂正して回ってくれ」
「え、でも」
 小林は少しためらう素振りを見せた後、「嶋田が見たって言ってるんですよ。前に鎌倉駅前で、ユキオさんが女の子と一緒に歩いてるとこ」と言った。
 なるほど、アレを見られたか。そういえばあの日はミユキをエスコートすることだけで頭が一杯で、知り合いに目撃されるリスクなどまったく考慮していなかった。帰り際ともなると僕は相当だらしない顔をしていたに違いない。
「それにユキオさん、最近変わったじゃないですか。お洒落な服着るようになったし、髪も染めてまめに手入れしてるし。そこにきて、クリスマスに休み出したでしょ? これはもうそういうことだって、誰だって思うに決まってるじゃないですか」
 返す言葉もなかった。自分ではいつもと同じでいるつもりだったのだが…傍から見たら、そんなにわかりやすいことになっていたとは。

 深夜二時にキッチンの掃除を終え、僕は店内全ての電気を落として施錠確認し外に出た。空気は冷たかったが、風がなかったので思いのほか寒くはなかった。
 自転車にまたがり駐車場を出ると、月光に照らされた江ノ島の海が闇の中に銀色の紋を描き出しているのが見えた。海岸道路には車は一台も走ってはいなかったが、僕はいちおう赤信号を守って無人の交差点で立ち止まった。
 吐息が白く立ち上り夜空に消えていく。僕は頭上に輝くオリオン座の三連星を見上げながら、今はもうとっくに安らかな寝息を立てているだろうミユキのことをぼんやりと想った。この星空をミユキの傍らで眺めることのできる日が、いつか僕にも来るのだろうか。今は何光年の彼方に遠く輝くその笑顔に僕の手が届く日が、いつか。


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