Unchain my heart
鎖を外してくれ

Baby let me go
僕を自由にしてくれ

Unchain my heart
僕の心を縛り付けないでくれ

Cause you don't love me no more.
君がもう僕を愛していないのなら
“Unchain my heart" Ray Charles

■第六章(1998.Nobember)4■

「作戦はシンプルです」
 クエマツさんが黒板を指差した。映写機によってPCからの映像が投影され、黒板には洒落たデザインのトップページが現れた。
「私が適当に作って登録しておいたこのダミーのページが、そろそろ細木のレビュー対象時期になります。そこで細木にタクヤ君の写真を添付して…そうですね、 『レビューどうぞよろしくお願いします。タクヤより』などと書いたメールを送りつけます。美少年に目がない細木のことです、写真さえ開いたら必ずタクヤ君を個人的に誘い出してくるはず。その現場を、我々が押さえる」
 そんな馬鹿な、と僕は呆れた。確かにタクヤ君は同性として頭に来るくらいの美形だったが、そんな餌であのいかにも老獪そうな細木が釣れるとは僕には思えなかった。
「現場を押さえる、というのは具体的にどうやって?」
 最前列のロンゲ男が手を挙げてクエマツさんに質問した。
「細木とタクヤ君の後を尾行し、ホテルに入っていくところを激写します」とクエマツさんは答えた。「細木をシャワーに行かせている間にタクヤ君は部屋を離脱。外で待機している我々が踏み込む、という寸法です」
 なるほど、と会場がざわめいた。
「一つ問題が」
 前の席のメガネが手を挙げた。「尾行は誰がやるんですか? 我々は素人ですし、ここにいる全員すでに細木に面が割れてますよ」
「一人はこの子がやります」
 クエマツさんが出口のドアに向かって手招きした。
 扉の向こうからポニーテールの女の子が現れ、中央の雛壇に向かって歩き出した。歳は16〜18くらいだろうか。チェックのスカートは私服なのか女子高の制服なのか、遠くから見ただけでは判断がつかなかった。
「ミカさんです。付き合っていた恋人が細木の毒牙にかかり、性的不能者にされてしまったそうです」
 クエマツさんが紹介すると、ミカと呼ばれた少女はマイクの前に立って喋り始めた。

「ミカです。写真の勉強をしているので、カメラの扱いにはすこし自信があります。よろしくおねがいします」

 はきはきとした気持ちの良い挨拶だった。ミカがぺこりと頭を下げると、会場から力強い拍手が沸いた。
「彼女は細木に面が割れていません。おまけにご存知の通り、細木は女の子に興味がありません。今回の尾行の適任といえるでしょう」
 クエマツさんは一人で満足そうだったが、すぐにまたメガネが手を挙げ「でも、女の子一人では危険なのでは?」と口を挟んだ。
「問題はそこです」クエマツさんは唸るような声で言った。「ホテルに入っていくところまで追跡しきれれば、後は我々が踏み込むだけなのですが…そこに至るまでに細木に気づかれてしまったり、または見失ってしまったりすると計画が台無しになる。というか、タクヤ君の貞操が危なくなる。それだけは避けねばなりません。誰かあと一人、彼女のサポートについていてくれれば…」
「彼がやります」
 突然、アオヤマが僕の手を取って叫んだ。
「え、え? ええ??」
 僕は事態についていけず、間抜けな声を上げて固まってしまった。
「彼は前回のオフ会に参加しましたが、細木とは一回も間近で喋っていないしホテルに誘われてもいません。髪型や髪の毛の色も先月とは別人というくらい変わっています。後は眼鏡でもかけて変装させれば、おそらくバレる心配はありません」
「お、おい、アオヤマ、よせよ」
 僕は全力で首を振って拒んだ。しかしアオヤマは真剣な顔で僕の腕をつかみ、こう言った。

「男と見込んで頼む。君しかいないんだ」


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