I talk to the wind
風に語りかけても

My words are all carried away
言葉はどこかへ吹き流されてゆく

I talk to the wind
風に語りかけても

The wind does not hear
風はそれを聞いてはくれない

The wind cannot hear.
風には聞こえはしないのだ
“Talk to the wind" King Crimson

■第四章(1998.October)2■

 「細木の部屋」はReadMe!!に登録されている個人サイトを片っ端から順に評価していくという趣旨で、結構な人気を集めている大手サイトだった。 ここでおすすめ評価をもらったことがきっかけで伸びていった新興サイトは数知れない。 その評価がそろそろ我々の番であることは知っていたが、まさか管理人の細木氏からこうして直々に声をかけてもらえるとは思ってもみなかった。


 集合場所の品川駅前には30人ほどの男たちが集まっていた。全員同時期に「ReadMe!!」に自分のサイトを登録した新米管理人同士だったので、ほぼ全員が初対面だったが話は弾んだ。更新の苦労だとか人が来ない悲しさだとか、そんなことを喋りあっているうちバスが到着した。フロントガラスの隅に「歓迎 細木の部屋親睦会御一同様」という紙が貼られていた。
 僕らが全員乗り込むと、バスはすぐに入り口のドアを閉め何のアナウンスもないまま走り出した。これからどこへ向かうのか、着いたら何をするのか、誰も何も聞かされていなかった。まあきっと「着いてからのお楽しみ」ということなのだろうし、大の大人がこれだけ揃っているのだからいざという場合も危険なことにはなるまい。余計な心配はせずに楽しもう。そう割り切って、僕はアオヤマと菓子を食べながらいつものゲームやら漫画やらの話に花を咲かせた。
 ただ途中でもう一つ、気がついてしまったことがあった。乗り合わせた30人は全員が全員、男性だったのだ。僕と同時期にはむしろ女性の登録のほうが多かったはずだ。にも関わらず集まっているのが男だけというのは…最初から、細木氏が男しか呼んでいなかったとしか考えられない。
 今にしてみれば、そのことをもっと疑問に思うべきだったのだ。

 品川から東京湾沿いを二十分ほど走った辺りで、我々の乗るバスはコンテナ倉庫地帯の中央にある広大な駐車場に到着した。バスの窓から見えた建物は海運関係のビルか倉庫しかなかったため、降ろされた場所が具体的にどこのなんという地名なのかは誰もわからなかった。距離と方向的には鮫洲試験場の辺りじゃないか、と誰かが漏らしたがそれも推測の域を出なかった。
 海風かビル風かあるいはその両方が合わさっているのか、街路樹をなぎ倒すような猛突風が吹き荒れていた。防寒の準備なんてもちろん皆してきていない。 凍えながら辺りを見まわすと、駐車場の奥に立ち並んだコンテナ倉庫の一つにバスと同じ「歓迎 細木の部屋親睦会御一同様」という垂れ幕がかかっていた。僕らは全力で入り口のシャッターに走った。
 中はどうやら室内運動用施設に改装されているようで、ワックスの効いたフローリングの床の四隅にバスケットゴールのついた鉄柱が延びていた。暖房なんて気の利いたものはついていないらしく、室内は冷え切っていておそろしく寒かった。中央にまるで学校の体育館で行なう卒業式のように、折りたたみ式のパイプ椅子が30個ほど並んでいた。勝手に座ってよいものかわからず皆でまごついていると、そのうちに前方の雛壇の上にスーツ姿の太った中年男が現れ、マイクを握った。

「こんにちは。細木です。皆様どうぞお座りになって、楽にしてよろしいのではないでしょうか」

 細木氏の一声で全員適当な席に座り始めた。椅子のシートが氷のように冷たくて、少々尻がつらかった。
「遠いところご苦労様でした。今日ここに集まっていただいているのは、いずれも私が『見込みあり』と睨んでいるページの管理人様ばかりです。 より的確な評価のため、失礼ながら皆様の人となりを存じたく思い、このような会を開かせていただきました。 基本的にはただの親睦レクリエーションなので、皆様におかれましては肩の力を抜いてお楽しみになっていただければよいのではないでしょうか。細木でした」
 細木氏が頭を下げると、前方から弁当箱のようなものが回ってきた。開けると中には形の悪いサンドイッチが四枚ほど入っていた。細木氏の手作りとのことだった。
 僕はお腹が空いていなかったし、なんとなく気持ち悪かったので食べずにアオヤマに全部くれてやった。結果的にはそれが正解だった。 サンドイッチの鮮度が悪かったのか、その後トイレに立つ男たちが続出していたからだ。アオヤマなど十回も駆け込んでいたようだった。

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