Those were the days of our lives
あの頃僕らの過ごした輝ける日々

The bad things in life were so few
人生に悪いことなんてほとんど何もなかった

Those days are all gone now, but one thing is true
全てはもう遠い昔のこととなってしまったけれど、
でも一つだけ確かなことがある


When I look and I find I still love you.
僕は今でも君を愛している
“Those were the days of our lives" Queen

■第一章(1998.September)2■

 アオヤマと初めて出会ったのは四ヶ月前、まだお互いサイトを始めて間もない頃だった。ちなみにアオヤマのサイトは名前を「Asymptote(アシンプトート)」という。数学用語で「曲線に無限に近づくけれど決して交わらない直線=漸近線(ぜんきんせん)」のことを指すそうだ。なぜそんな名前にしたのかは聞いてないので知らない。まあとにかくゲームについての話題がメインのしがないレビューサイトだ。
 そんなアオヤマのゲーム系サイトと僕の漫画系サイト、畑違いの無名サイト同士が知り合ったきっかけはただ単にReadMe!!の登録がアオヤマ→僕と一番違いだったからである。他にどんなサイトが登録しているんだろう、と試しに最初に開いてみたのがアオヤマのサイトだったというわけだ。たまたま二人とも都内の大学に通う暇なオタク同士だったので、僕らはメールを出しあった次の日に直接会ってすぐに仲良くなった。正直、アオヤマと知り合わなければサイト運営なんて三日で投げ出していたかもしれない。心の中ではいつも感謝はしているのだ、こう見えても。本人の前で口に出して言ったことは一度もないが。

 そんな風にして僕とアオヤマは最初の四ヶ月間ずっと二人きりで遊んで過ごしていたのだが、ある男の登場によってその状況は一変してしまった。僕らのサイトの掲示板の最初の常連といっていい存在になっていたクボタという男が、メール経由で僕らを飲み会に誘ったのだ。
 人見知りの激しいアオヤマは最初かなり渋っていたが、僕が無理やり引きずって行くような形で結局二人とも参加することになった。その頃の僕はアオヤマ以外のネットの人間と会ったことがなかったし、それに初めて掲示板常連になってくれた有り難い存在であるクボタという男に興味があったのだ。嫌々ながら結局は僕についてきたアオヤマもその点では同じだったはずだ。
 そしてやってきた初めてのオフ会は…一番近い例えを挙げるとするならば「アフリカ部族民が東京に来て初めて文明に触れ目に映るもの全てにビックリ」といったところだろうか。その宴は僕ら二人が事前に予想していたオフ会の姿―――喫茶店で男子数名集まって延々オタク談義―――とは何もかもがまったく違うものだった。なにしろ参加者九名のうちの六名までが女の子、しかもとびきり可愛い娘ばかりだったのだ。というより男はアオヤマ、クボタ、そして僕の三人だけだった。これは何かの夢に違いない、と僕はオフの間あわせて三十回くらい自分の頬をつねった。だがそれは夢ではなかった。それどころか彼女たちは僕やアオヤマに興味を持ってしきりに話しかけてくるではないか!

「ユキオくん少女漫画なんて好きなんだ〜。何かおすすめってある〜?」
「ユキオくんって江ノ島に住んでるんだって〜? いいな〜、今度案内してよ」

 それらの質問にその時の僕がどんな風に答えたのかは、恥ずかしながら覚えていない。覚えていたとしても、思い出したくない。考えてもみてほしい、20年近くろくに女の子と話したこともなかったオタク男子がだ、何の前触れもなくいきなり周りを女の子に取り囲まれて質問攻めにされるという状況に置かれて平常心を保っていられると思うか? ふと隣を見ればアオヤマが顔を真っ赤にしながら僕に輪をかけて痛々しい答弁を女の子と繰り広げており、奥にはそれをニヤニヤと楽しそうに見つめるクボタの姿があった。
 後でわかったことだが、クボタは当時の段階ですでに大御所的な地位にいる、僕らなど及びもしないような人気サイトの管理人だったのだ。彼は僕らの掲示板ではそんなことを一言も言わなかった。要するにクボタはただ女の子の前で口ごもる僕らの無様な姿を眺めて楽しむためだけに、わざわざこんな場を設け僕らを誘い出したのだ。そう考えるとむしょうに腹が立った。腹が立ったが、しかし…情けないことだが、例えどれだけ無様な姿を晒そうと、それを嗤われようと、可愛い女の子に囲まれて話ができることは、僕にとってはこの上ない幸せだったのだ。
 このとき僕はクボタを見上げ誓ったのだ。今は弄ばれ、嗤われてもいい。俺は、この男を利用してのし上がってやる。そのために今は恥を忍び、彼の下につこう。場数を踏んで、せめて女の子の前でどもらず話せるくらいにはなろう。そしていつか、自分の力だけで女の子を集めオフ会を。僕にそんなことができるだろうか。いや、必ず成し遂げてみせる。そう胸の奥で呟いたのだ。

 ちなみにアオヤマはというと、その日のオフ以来すっかりクボタに心酔しある種の舎弟のような態度を自ら望んで取るようになった。二言目にはクボタ君はクボタ君は、とうるさいことこの上ない。思えばこの日のオフから、僕とアオヤマの離別の運命のカウントダウンはすでに始まっていたのだろう。だがそんな運命などその頃の僕らには知る由もなかったのだ。

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