You say you want a leader
自分を導いてくれる人を求めているんだね

But you can't seem to make up your mind
でも君はまだ決心がつかずにいるみたい

I think you better close it
こんなことはもうやめにしようよ

And let me guide you to the purple rain.
僕についておいで、この紫の雨の中まで
“ Purple Rain"　Prince

■第十五章（1999.January）２■

　本来なら僕が首を突っ込むべき問題でないのは、自分でも薄々は気がついていた。でもこの頃の僕はたくさんの問題を抱えながらそれなりに一つ一つを上手く消化できていたことで、一言で言えば思い上がっていたのだ。自分の問題が片づく目処が立ってきていたことで、他人の問題までもを同じように処理してしまえるだろうと勘違いしてしまっていたのだ。
　僕は細木事件のときに登録してから一度もかけたことのなかった、ミカの番号に電話を入れた。


「あれっ？　ユキオさん？」
　ミカが舌足らずな声で言った。
「珍しいですね〜、ユキオさんから私に電話なんて。何かご用でしょうか？」
「うん、用というほどのことじゃないんだけど」

　いきなり本題というのも野暮と思い軽く世間話から入ろうと一呼吸置いたら、その間に割り込むように先にミカが喋った。
「もしかしてこないだの、クボタさんとのデートのことですか？」
　虚を突かれた僕はとっさに「あ、そうです」となぜか敬語で気弱な返事をしてしまった。これじゃどっちが尋問しようとしているのかわかりゃしない。
「べつにユキオさんが心配するようなことは何もないですよぉ〜。ただちょっと遊んでもらっただけですよ。もちろんエッチなんてしてませんよぉ」
　何の恥じらいもなくエッチ、などという単語を出されるとかえってこちらも冷静になろうというものだ。僕は遠慮はやめてとっとと本題に入ることにした。
「アオヤマは君のことが好きなんだ。それは理解してる？」
　ミカが沈黙した。電話の向こうで浜崎あゆみと思われるアップテンポの歌が大音量で流れているのが聞こえる。ゲームセンターか、もしかしたらカラオケボックスの中にいるのかもしれない。
「まあ、気づいてなかったといえば、嘘になりますけど」
　ミカがようやくもごもごと口を開いた。BGMがうるさすぎて後半はほとんど聞き取れなかった。
「その言いかたは、アオヤマの好意には気が付いているけれど別につきあってるわけじゃない、って意味の解釈でいいの？」
「ええ？　つきあってる？　私とアオヤマさんが？」
　ミユキがおかしそうに噴き出した。
「なんでいきなりそういう話になっちゃうんですかぁ〜？　たしかにアオヤマさんとは友達だし、何度か会ったりしてるけど…私まだアオヤマさんから好きだとか付き合って欲しいとか、 そういうこと言われた覚えないですよ」
　僕は目の前が真っ暗になった。アオヤマのやつ。告白もしないでつきあっているつもりで、勝手にフランスに連れて行くだのなんだのと舞い上がっていたのか。僕も人のことは言えないが、アオヤマの対人スキルがここまで低かったとはさすがに思わなかった。幼稚園児クラスといっていいだろうこれは。
「でも君、クリスマスに高い鞄買ってもらってたじゃないか」僕はせめてもの抵抗に出た。
「それは買ってもらいましたけど…でもそれとこれとは別ですよ〜」
「別だと思わない男だっているよ」
　たぶん僕も別だと思わない男の一人だと思ったが、ここで喋ることでもないので黙っておいた。
「この際だからはっきり言って欲しいんだけど、アオヤマに告白されたとしたら君はつきあうつもりはあるの？」
「ないです」ミカはあっさりと言った。
「クボタとはつきあう気があるんだ？」
「別にクボタさんだってつきあうとかそういうんじゃ…ってもしかして私いま、ワルモノ扱いされてます？」
「ワルモノとは言わないけど、ワルモノ扱いされたくないなら一つお願いがある」と僕は言った。「アオヤマとつきあう気がないんなら、できたら近いうちに優しく振ってあげてくれないかな。あいつの思い込みがこれ以上ひどくなる前に、それとなく」
「私からですかぁ？　つきあってるわけでもないのに？」ミカはすごく不機嫌そうに言った。
「つきあってはいなくても、鞄はもらった」
「もらっちゃいけなかったですか？」
「少なくともアオヤマからはね。あいつは思い詰めるタイプなんだよ。このままいくとあいつ、ストーカーみたいになるかもしれないぜ」
　ミカがうっ、と小さく呻くような声を出したのを、僕は聞き逃さなかった。もしかしたらアオヤマはすでにもう、ミカにストーカー的な求愛行為を何かしているのかもしれない。
「このままじゃお互いのためによくないと思うんだよ。頼むよ、アオヤマを楽にしてやってくれ。振ってくれたら後は僕がうまくフォローするから」
　ミカはしばらくの沈黙の後、「…わかりました。言う通りにします」と言った。


　歴史を紐解いてみれば、人類の紛争のほとんどは当事者以外の第三者の「お節介」がきっかけになっていることがわかる。半端なお節介がろくな結果を生まないなんてことくらい、僕はわかっていたはずなのに。僕は自分がすっきりしたいからという自己満足のために、アオヤマにいらぬお節介を焼いてしまった。歴史は繰り返すものだ、なんて言い訳をするつもりはないが、僕のこの過ちがまさか後にあんな惨劇を引き起こすことになるなんてこと、自分のことで頭がいっぱいだったこのときの僕に想像できるわけがなかったのだ。


　その日の深夜、バイトから帰ってPCを立ち上げてみるとミユキからメールが来ていた。「ふられました」という件名だった。


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