心の壁、愛の橋

「職業は何ですか?」

  それが、僕が人に聞かれて一番困る質問だ。なぜなら僕の仕事は決して他言が許されない種類の、格好いい言い方をすれば「裏の仕事」だからである。オマワリにバレでもしたらたちまち後ろに手が回ってしまう。

  と言っても誤解しないで欲しい、僕の仕事は誘拐とか人殺しとか、そういう物騒なものではない。だいいち臆病者の僕にはそんな大それた仕事は逆立ちしたって勤まるまい。簡単に言えば、僕の仕事はしがないコソ泥である。
  ただし、僕は現金や金目のモノ目当てに他人の家に忍び込むような前時代的なコソ泥ではない。コソ泥はコソ泥でも、僕が侵入するのは他人のコンピュータの中。盗み出すのはモノではなく「情報」。そう、僕は電子の世界の情報泥棒。俗に、ハッカーと呼ばれる人種である。

  と格好つけてはみたものの、正直に言えば僕は駆け出しも駆け出し、ハッカーとしてはまだまだ半人前もいいとこである。上には上がいることは重々承知しているし、僕程度のスキルでこれほどの高給を貰っていることは異例のケースなのだということもちゃんと自覚している。なにしろ僕はもともとハッキングのハの字も知らなかったド素人、それがまだこの道に入って一年もろくに経っていないのだ。プロを名乗るほうがおこがましいだろう。
  それでもそんな僕が現在なんとかこの仕事で飯を喰っていけているのは、なにもかも全て師匠のおかげであると思っている。彼女は僕の才能だと言ったけれど、僕はそうは思わない。というか、思えない。実際、彼女の指導は完璧だった。わからないことを訊けば必ず明確な答えが返ってきたし、手順にミスがあれば必ず見抜いて正してくれた。もし彼女がハッカー育成スクールでも開いたら、日本はたちまち一流ハッカー揃いのハッカー王国になるんじゃないかと思う。それくらい彼女は凄かった。天才…いや、悪魔と言ったほうが正しいのかもしれない。彼女は電脳世界を支配する悪魔だった。僕は今だに彼女を超えるハッカーの名を聞いたことがない。

  これから僕が話すのは、僕が師匠のもとで修行をしていたおよそ一年間についての話であるが、はじめに断っておかねばならないことがひとつある。
  それはこの話に登場する人の名前や地名、またハッキング手順などに関する情報は必ずしも正しくないということだ。僕の判断で一部を意図的に作り変えている。これは話の内容上仕方ないことであるのであらかじめご了承願いたい。僕としても知り合いの名前をそのまま出して迷惑をかけたくはないし、またハッカーとしての飯の種であるハッキング法をみすみす全部バラしてしまうわけにはいかないのだ。全部教えてあげたいのはやまやまなのだが、涙を飲んでここでは一部をあえて隠している。といっても、別に嘘をつきたくてついているわけではないので8割方は本当のことを喋っているはずだし、聞いて役に立たない情報というわけではないはずた。手の内を全て明かしていないのはまあ、こっちにも事情があるということで勘弁していただきたい。

  この物語のタイトルは彼女の歴史的発明品「Wallbridge」にちなんで、こう名付けようと思う。




「心の壁、愛の橋」



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