4月2日(日) 第九話「身体検査天国〜覚醒、そして暴走〜」 心配はしていたことだけれど、ついに香織ちゃんのサイトの掲示板に荒らしが出没し始めた。そのことで香織ちゃんは相当参っているようだった。 「あんた、荒らしは任せとけって言ってたわよね」 香織ちゃんがボクを睨み付ける。「減るどころか増えてるじゃない」 「ごめん、香織ちゃん」ボクは謝った。「昨日徹夜で荒らしどものIPを追いかけたよ。それでようやく心当たりに辿り着いたんだ。今日中にはなんとかするから、待ってて」 「本当に今日中に何とかなるの?」香織ちゃんがまたボクをぎろっと睨む。完全に疑っている目だ。 「たぶん何とかなると思う」とボクは言った。「なにしろ荒らしの正体はかつてのボクの弟子達だからね」 ボクらの高校の旧校舎の外れの外れ、幽霊でも出そうなくらいにさびれた場所には全生徒に忌み嫌われた伝説の部活、「パソコン研究部」の部室がある。ボクは深呼吸してその重い扉を開いた。 「部長はいるか」とボクは怒鳴った。「話がある。出てこい」 パソ研の面々が一斉にボクを見た。全員一瞬で凍り付いたように言葉を失う。 「ゆ、yukkyさん…何故ここに!?」部員の一人がようやく口を開く。 「ボクだって戻ってきたくはなかったさ」とボクは言った。「キミ達が余計なことさえしてくれなければ」 「よ、余計なこと?」 「キミじゃ話にならない」とボクは言った。「部長とサシで話がしたい。どこにいる?」 「ぶ、部長なら、奥で…今、『To Heart』を再プレイしてます」 ふん、とボクは鼻で笑った。 「今あえて『To Heart』再プレイとはね。アイツらしいな」 部室の奥はもはや現実世界とは思えぬほどに腐敗しきっていて、まるで魚市場のような海産物独特のきつい匂いが充満していた。そこでボクは一心不乱にエロゲーにいそしむ男の肩をつかみ、話しかけた。 「やあヒロポン。久しぶりだね」 男は驚いて振り向いた。「お、お前、yukkyか!?」 男は嬉しそうにボクの手を握りしめた。「そうか、戻ってくる気になったんだな!!」 「残念ながら今日の用件はそんなことじゃない」とボクは首を振った。「今日はヒロポン、キミ達が今荒らしている『ゆみゆみ♪のドキ☆ドキ☆アイランド』というサイトの件で話があって来た」 「なに、荒らしの件?」 男は拍子抜けしたような声で言った。「なんだ、そんなくだらないことか。それよりyukky、もうぼくのことを『ヒロポン』と呼ぶのやめろ。今は『バルタザール』という立派なハッカー・ネームがある」 「うわっダッセー」とボクは言った。「お前今さらエヴァ絡みってそれ、自分はアニオタ入門の厨房君ですって宣言してるみたいなもんだぞ。カッコ悪」 「う、うるさい!」とヒロポンは言った。「それより、確かに荒らしを行っているのはぼく達だが。それがどうかしたのか?」 「即刻手を引いてもらいたい」とボクは言った。 「なぜ」とヒロポンは言った。 ボクはふっ、と余裕の表情を見せた。「なぜなら、ゆみゆみ♪はボクの彼女だからさ」 「な、なにィ!?」 パソ研のメンバー全員が血相を変えて飛び出してきた。「き、貴様、ここでそんな事を言ってどうなるかわかってるんだろうな」 「知るか」とボクは笑った。「もうボクはここの部長じゃないから関係ないね。えっと鉄の掟って何だっけ、『彼女作るべからず』だっけ?ふっ、今時ナンセンスな」 「あんたが昔作った掟だろうが」とヒロポンが言った。 「とにかく、それを聞いて余計手を引く気がなくなった。荒らしは続行する」 「ほう」とボクは言った。「それはボクを敵に回すということでいいんだね?」 「うっ…」 部員達がひるんだ。ボクの本気の恐ろしさはかつて弟子だった彼らがいちばん良く知っている。 「お、恐れるなみんな!」 ヒロポンがボクを睨んだ。「もうぼく達はコイツの弟子だった一年前とは違う。今のぼく達はFBIも恐れる超一流ハッカー・チームなんだ。力を合わせて立ち向かえば決して負けない」 部員達もみんなボクを睨み付ける。どうやら本当にヒロポンは一年前とは違い成長しているようだ。ボクの居なくなった後のパソ研をここまでまとめあげてみせるとは。 「わかった、少々キミ達を甘く見過ぎていたようだ」とボクは言った。「ここからは取引だ。ヒロポン、ボクは『To Heart』マルチの激レアポスターを持っている。それと交換ということで手を打ってはくれないか?」 「な、なに!」ヒロポンが叫んだ。「世界に10枚とないと言われるあのポスターを!?ど、どうやって手に入れた!?」 「とあるルートでね」とボクは言った。「まあ一線を退いたとは言え、まだまだこの業界でボクに敵う人間はいないってことだよ。ヒロポン君」 「ぐっ…」 ヒロポンは悔しそうに歯ぎしりをした。「わ、わかった…今後一切、『ゆみゆみ♪のドキ☆ドキ☆アイランド』には手を出さないと約束しよう」 「ぶ、部長…」部員達がその場に崩れ落ちた。ボクの完全勝利だった。 翌日、香織ちゃんが嬉しそうにボクに話しかけて来た。 「雪男君、今朝見たら荒らしが一人もいなくなってたの!これで安心して眠れるわ!」 「よかったね、香織ちゃん」とボクは言った。 香織ちゃんの笑顔のためなら、ボクはどんなことだってしてみせる。そう、どんなことだって。 |