2月29日(火) 第七話「非合法学園〜公衆便所と呼ばれた少女〜」 一月ぶりに登校したボクが教室に入ると、クラスメイトたちのお喋りが一瞬ピタリと止んだ。 みんな化け物でも見るような目でボクを見ている。無理もない、ボクは一ヶ月もの間病院で生死の境を彷徨っていたのだ。久しぶりに会ったボクにみんなが言葉をなくすのもまあわからなくはない。 ボクはみんなの注目の中いつもの自分の席、教卓の目の前の席に向かった。ボクの席には菊の花が飾ってあった。これはどういうことなのだろう。一瞬迷ったが、たぶん全快祝いという意味だろうというところに落ち着いた。みんなの温情を肌に感じながら、ボクは鞄から教科書を取り出し机の中にしまいはじめた。 ああ、久しぶりの学校の空気だ。 ボクは背伸びして深呼吸した。やっとボクは帰ってきたんだ。大好きな空間、愛しい香織ちゃんと同じ時間を共有していられる毎日に。ボクはたまらず窓際一番後ろ、香織ちゃんの居る席を振り向いた。 いつも朝日の射し込む窓辺に物憂げにたたずんでいるボクの天使。だけど今日の香織ちゃんはボクの熱い目線をなぜか恐れるように逸らし、ガチガチと歯を鳴らしながら震えていた。風邪でも引いているのだろうか。心配だ。 「香織ちゃん、久しぶり」とボクは歩み寄って話しかけた。 「あ、ああ雪男君、怪我もう治ったのね」と香織ちゃんは無理に口元を歪ませて見せた。でも目が全然笑ってない。 「早く学校に戻りたくて必死にリハビリしてきたからね。もう大丈夫だよ。それはそうと香織ちゃん、ホームページ再開おめでとう」 「!!」香織ちゃんが戦慄した。「な、なんで立ち上げたばかりの新サイトのことがもうバレてるの!?」 「そりゃーバレるさ、いくら名前とURL変えたところで顔が同じじゃない。香織ちゃんの新サイトの在処なんてボクの持っている情報網なら5分であぶり出せるよ。なんだっけ、ハンドルネーム「あゆあゆ」改め「ゆみゆみ」だっけ?相変わらず芸がないよね。少しはてるみでも見習えっつーの(笑)」 「お、大きなお世話よ!!」 「これは忠告だけど、香織ちゃんのパソコン環境もう少しセキュリティ強化しといた方がいいよ。今のままじゃそのうちボクの知り合いの凶悪系ハッカーたちに個人情報抜かれるよ」 「えっ!?ホント!?」香織ちゃんの目の色が変わった。 「本当だって。最近でも彼ら、軽く女子高生を一人公衆便所にしちゃったからね」 「あ、あたし、どうしたらいいの?」香織ちゃんが不安そうな顔でボクを見る。香織ちゃんがボクを頼るなんて。ここはひとつ格好いいところを見せねば。 「大丈夫だよ、香織ちゃんの掲示板にボクの名前で書き込んで軽くたしなめておけば、みんな大人しくするって。なにしろIP抜きの技術じゃボクの方が上だからね。さすがの彼らもボクを敵には回さないよ」 「ほんとに?」香織ちゃんが尊敬の眼差しでボクを見る。ああ、快感だ。 「任せておいてよ、アングラはボクの庭みたいなもんだから。あ、最近じゃUGって表記が流行りなのかな?ギコハハハ!(←もう古い) ところで話変わるけど香織ちゃん、今度の春休みクラスみんなでキャンプに行くんだってね」 「!!」香織ちゃんの表情が変わった。「な、なんであんたがそれを知ってるのよ」 「いいよねー、一足早い春の山で自然を満喫。うん、すごくいい。すごくいいけど、なんでボクのところに連絡が来ないんだろう」 「そ、それは…」香織ちゃんが口ごもった。 「もしかして病み上がりのボクの身体を心配してくれてるの?だとしたらその心配は無用だよ。ほら、ボクもうこんなに元気だ」ボクは威勢良く両腕をぶんぶん振り回してみせた。 「で、でもほら、みんなの意見を聞かないと。あたしの一存で雪男君を連れていくわけには…」 「まぁまぁ、ボクと香織ちゃんの仲じゃない。新サイトの存在をクラスメイトに知られたくないのなら、ボクも連れてってよ。ねっ、香織ちゃん」 「ぐっ…!!クラスのみんな、ごめん…ッ」香織ちゃんはがっくりと肩を落とした。 クラスみんなでキャンプかあ。悪くない春休みの過ごし方だなあ。 ボクは大自然の中で、新しい春の訪れをこの身体に感じたい。香織ちゃんと一緒に。 |