2月1日(火) 第六話「団地妻たちの黄昏〜エロスの樹海〜」 全身合わせて四十八箇所を複雑骨折したボクは、一週間に及ぶ昏睡状態を乗り切って見事に生還した。 生きかえったのは奇跡としか言いようがない、とは医者の後日談だ。ボクもそう思う。これはひとえに愛の力だろう。たぶん。 「雪男君、大丈夫?」 しおらしい声で香織ちゃんがボクの病室にお見舞いにやってきた。全身ギプスと包帯だらけのボクはベットの上でかろうじて首だけをひねり、香織ちゃんの憂いの表情を拝んだ。 「あんまり大丈夫じゃないけど…香織ちゃんの顔見たら、少し元気になった気がするよ」とボクはか細い声で言った。 「やだ、雪男君ったら」香織ちゃんは頬を赤らめた。 香織ちゃんがこうして毎日お見舞いにやってくるのには理由がある。ボクが車に轢かれる直前、香織ちゃんがボクに暴行を加えている所を見ていた人がいたのだ。 目撃者がいる以上、ボクがその気になって出るところに出れば香織ちゃんは傷害罪で罪に問われる。香織ちゃんはそれを恐れているのだ。なんとか示談に持ち込むために、香織ちゃんはボクにかつてない献身の姿勢を見せてくれている。ボクはそれが嬉しかった。 たとえボクと香織ちゃんの関係が被害者と加害者というかりそめの関係に過ぎないとしても。香織ちゃんの目的が示談、ただそれだけだったとしても。それが何だって言うんだ。今ここに香織ちゃんが居て、ボクに優しくしてくれている。それだけでボクは充分幸せなのだ。それ以上の何を望めと言うのだ。 「香織ちゃん、お願いがあるんだ」とボクは言った。 「なあに」と香織ちゃんは優しく微笑んだ。 「お腹が減ったんだ。そこのお粥を、ボクに食べさせてくれないかい」 「食べさせる?」 「うん。あーん、ってするから。さあ早く」ボクは口を大きく開けた。 「ぐっ…」 とてつもなく嫌そうな顔をしながらも、香織ちゃんはお粥の鍋を手に取った。 「ほら、食べな」 香織ちゃんはまるでピンセットで汚いものをつまんでいるかのような逃げ腰でボクの口元にお粥のスプーンを近づけた。しかしそんな態度では当然ボクは納得できない。 「ダメだよ香織ちゃん。食べさせるときはちゃんと『はい、あーんしてっ☆』って言いながらじゃないと」 「ああん!?」香織ちゃんの眉間にシワが寄った。 「できないならできないでもいいんだよ。残念だなあ、クラス一可憐な香織ちゃんがまさか傷害罪で訴えられて犯罪者になってしまうなんて――」 「わかった!わかったわよ!やればいいんでしょやれば!」 香織ちゃんが再びスプーンでお粥をすくい取った。気のせいかその手は小刻みにぶるぶると震えていた。 「は…はい、『はいあーんしてっ☆』」 あからさまな棒読みながらも、香織ちゃんが僕の口元にスプーンを運んだ。ボクは目を閉じてそれを何度も何度も噛みしめた。ただのお粥がこんなに美味しいなんて。 「ねえ雪男君、もう帰ってもいいでしょ?あたし、これから用があって」香織ちゃんがそそくさと立ち上がった。 「帰ってもいいでしょっていうか香織ちゃん、まだ来て5分しか経ってないんですけど」とボクは言った。「もっとお話とかしようよ。せっかく来てくれたんだからさ」 「そうしたいのはやまやまなんだけど、あたし本当に用があって。それじゃ」香織ちゃんは部屋を出て行こうとした。 「ま、待って!じゃあ、最後にもう一つだけ、お願いを聞いて。そうしたら行ってもいいから」 「今度はなによ」 「そこのテーブルの上の容器を持ってきて」とボクは言った。 香織ちゃんが目をやったその先にあるのは美しい曲線を描いたガラスの容器、そう、尿瓶だった。 「ま、まさか―――」香織ちゃんが戦慄した。 「そのまさかさ」とボクはなぜか誇らしげに言った。「さあ、早くシビンを持って来ておくれ。そしてボクの尿を取ってくれ」 「い、イヤ!絶対にイヤ!!それだけはイヤ!!!」香織ちゃんは絶叫した。 「イヤじゃないよ。いいかい香織ちゃん、これは誰かがやらなきゃいけないことなんだ」とボクはなぜか偉そうに意味不明の説教をした。 「看護婦さんにやってもらえばいいじゃない!あたしはイヤよ、絶対にイヤ!!」 「嫌よ嫌よも好きのうちってね」とボクはなぜか不敵に微笑んだ。「それに香織ちゃん、君には断る権利なんてないはずだよ。わかってるよね」 「ぐっ…」香織ちゃんは天を仰いだ。 「さあ、早く。尿瓶をここに。もう漏れそうだ」 香織ちゃんはふらふらと尿瓶を取りに行った。目の焦点がおかしくなっている。 「尿瓶は持ったかい?それじゃ、いいよ。パンツを脱がせてくれ」 「ううっ…」 香織ちゃんは目をつぶりながらボクのブリーフをそっと引き下ろした。いつもの看護婦さんとは違ったその恥じらいの表情がたまらなく愛おしくて、ボクのペニスは猛り狂うように激しく勃起してしまっていた。満身創痍の身体ながら、どうやらココだけはいち早く完治しているようである。 「さあ、チン◯ンを尿瓶の中に。その手で導いておくれ」 「ううっ、お母さん…」 香織ちゃんの震える手がボクのペニスに近づいた。そしてその柔らかな手のひらが触れた瞬間、ボク自身は若い欲望を制御しきれず白濁した液体を勢いよくほとばしらせた。一週間溜め続けたそれは香織ちゃんの顔面に見事に付着した。 事の意味に気がついた香織ちゃんの怒り狂った拳がボクを殴打し、治癒しかけていたボクの全身の骨は再び粉々に砕かれ始めた。 今度こそ死ぬな。 薄れゆく意識の中で、ボクは最後の射精の快楽をただひたすら反芻し続けていた。 |