11月14日(日) 第四話「淫獣の館〜わたしはかつて犯された〜」 帰りのホームルームが終わった瞬間香織ちゃんがダッシュで帰ろうとしたので、ボクは慌てて呼び止めた。 「どこ行くんだよ、香織ちゃん!一緒に帰るって約束だったじゃないか!」 「ぐっ…!」 廊下の途中で香織ちゃんは立ち止まった。そしてまるでW杯決勝でPKを外したロベルト・バッジオのような表情でその場にへたへたと座り込んだ。 「きょ、今日も一緒に帰らなきゃダメなの?雪男君」 香織ちゃんが精一杯っぽい作り笑いでボクに微笑みかけた。ボクもつられてにこにこと微笑んだ。 「あたりまえだよー。だってボクら、つきあってるんじゃないか」 ボクは座り込んでいる香織ちゃんに優しく手を差し伸べた。 通りかかる生徒達がみんなボクらを見てる。ちょっと恥ずかしかったけど、校内の公認カップルになるってのも悪くない。ボクはそんな気分で香織ちゃんの手を取ろうとしたのだけれど、香織ちゃんはアンディ・フグも真っ青のかかと落としをボクの手の甲にたたき込んで来た。ボクは夜中に唸る猫のような悲鳴で廊下をのたうち回った。 香織ちゃんは立ち上がって、ちょっとだけボクの手が触った部分を念入りに水道の水で洗い始めた。 「あのね雪男君、つきあうのはいいのよ。でもね、私、校内では内緒にしたいの。秘密にしときたいの。ダメかしら?」 「だ、ダメってことはないけど…」 「じゃ、校内では口もきくのやめましょ」 「そ、それは…」 香織ちゃんはシャイすぎる、とボクは思った。口くらいきいたって、つきあってることなんかバレるわけないのに。 校門を出ると11月の太陽は鮮やかに照って、セーター姿の女子生徒たちがなんだか暑そうなくらいだった。ボクと香織ちゃんはそんな気持ちの良い青空の下を、ゆっくりと歩き始めた。 「いい?誰かにバレるといけないから。半径5m以内に絶対近づいてこないでね」 「…」 それって一緒に帰ってるって言えるのかな、とボクは少し思った。けどもちろん口には出さなかった。 香織ちゃんはさっきからずっとキョロキョロして人目を気にしている。まるで尾行の下手な探偵のような挙動不審さだ。そんなにつきあってるのがバレるの嫌なんだろうか? 「そう言えば香織ちゃん、ホームページ100万ヒットおめでとう」とボクは言った。 「…」香織ちゃんはあまり嬉しそうではなかった。 「でもさあ、その直前に何を思ったか「ReadMe!」に登録しちゃったのは痛かったよね」 「…」 「80万ヒット超えて今さらリードミーって、そりゃ糸田田さんもキレるって」 「あ、あんたまさかヘイブルまで見たの!?」 「そりゃ見たさー。香織ちゃんに関することなら何だって知ってるよ。しかも今ここにそのレビューのプリント紙まであったりして(笑)」 ボクはカバンの中からゴソゴソとプリントを取り出した。「いい?読むよ? 美少女・あゆみのLOVE×2 HP 自分で自分を美少女とのたまうたわけた女子高生様のページです。コイツ何考えて今頃ReadMe!登録してんでしょうか。どうでもいい水着写真以外には日本語以前のポエムもどきがあるばかりです。えっと私には解読できないんですが、これは古代アイヌ語ですか? こういうページにやってくる80万人のオタク様は全員死んでも日本はたぶん大丈夫です。ま、私個人は女子には興味がないのでどうでもいいんですけどね(大笑)」 「イヤー!やめて、読まないでー!」 「可哀想だけど仕方ないよ、ホソキンがいわゆる美少女嫌いってことを計算に入れてなかった香織ちゃんの負けだよ。でも余計なこと言うけどさ、サイト名に自分で「美少女」つけるのはやっぱりいただけないと思うんだ」 「し、知らなかったのよー!ホソキンズルゥムなんて知らなかったのよー!」 「しかもさぁ、その後香織ちゃんホソキン掲示板で大暴れしたでしょ?アレもいただけないよ、正味の話が」 「ぐっ…!」 「まあいいじゃない、少なくとも100万人の男は香織ちゃんを認めてるってことなんだから。そしてその中の誰よりも、ボクが香織ちゃんのこと認めてるんだもん。それでいいじゃない、ね?」 「ゆ、雪男君…」 香織ちゃんは80万のアクセスを獲りながらも「ReadMe!」に登録した。 ボクには何となく、その気持ちはわかる。80万のアクセスでもまだなお、香織ちゃんの心の隙間を埋めることはできなかったのだ。その孤独を埋めることはできなかったのだ。 香織ちゃんを真に満たすことが出来るのはボクしかいない。ボクはそう確信している。 その日が来るまでは、ボクは香織ちゃんのサイトの一ファンであり続けよう。そして、香織ちゃんの水着姿でオナニーし続けよう。その日が来るまでは。 |