10月1日(金) 第三話「オナニー・〜それは星の記憶〜」 「香織ちゃん、見て見て!このサナダムシ!全長8・8mだってさ!エッグイよねー」 「お前のほうがよっぽどエッグイわ」 香織ちゃんは今朝からずっとこの調子で機嫌が悪い。きっとアノ日なんだろう、とボクは予想した。 待ちに待った、香織ちゃんとの初デート。 ボクは香織ちゃんに喜んでもらいたくて、ホットドックプレスの「初めてのデートコース特集」と一週間にらめっこしたあげく、この「目黒寄生虫館」をチョイスしたのだ。しかしどうやらボクはハズしてしまったらしい。今朝からずっと、香織ちゃんは口数がすごく少なかった。 …イマイチ寄生虫館はウケなかったみたいだった。 ここで名誉挽回しなくては。ボクは予約しておいた、目黒でいちばんお洒落だというイタリア料理の店でスパゲッティを注文した。 香織ちゃんがさっきから退屈そうにしている。ボクは場を盛り上げようと、慣れない話術で懸命に頑張ってみることにした。 「ねえ、さっきのサナダムシなんだけどさ」 「…」香織ちゃんはボクを無視するかのように、もくもくとスパゲッティを食べ続けていた。 「アレってさ、夜中に肛門から出てくることあるんだよね。こう、頭だけ、ニュルっと」 「…」 「そういう時どうするか知ってる?教えて欲しい?」 「…」 「エヘヘー、教えたげるね。割りばしで巻き取るのよ、こう、クルクルっと。慎重にやらないと途中でブチッと切れてケツん中に死骸が残っちゃうんだよね。サイアクだよねー」 香織ちゃんがスパゲッティを食べる手を止めた。 「サイアクなのはテメーだよ」 香織ちゃんがいきなりテーブルをひっくり返した。かなり重量のあるテーブルなのにあっさりとひっくり返って、次々に食器の割れていくものすごい轟音が店内に響き渡った。 フロアボーイが目を丸くして飛んできた。ボクは香織ちゃんの代わりに平謝りに謝って、慰謝料を払うことでなんとか事なきを得て、そそくさと店を出た。香織ちゃんは終始、獣のような目で立ちすくんでいるだけだった。 「か、香織ちゃん!どういうつもりだよ!ボクに40万円も払わせておいて―」 香織ちゃんはそのボクの言葉を遮るように、言った。 「雪男くん。お話があるの。そこの喫茶店にでも、入らない?」 「?い、いいけど…」 僕たちは喫茶店に入っていった。 「…もう終わりにしない?私たち」と、香織ちゃんはうつむいて言った。 「…いや終わりもなにもまだ始まっていないんじゃないかと」 しかし香織ちゃんはボクの話なんか聞いてないみたいだった。 「…もうダメよ、私たち。だって、私、他に好きな人がいるんだもの」 香織ちゃんはしらじらしい泣きまねをした。 「雪男くんも知ってるでしょ?私は竹之町くんが好きなの。他の人じゃ、ダメなの…」 「…」 「だから、お願い。もう竹之町くんと私の問題に、首をつっこまないで。ここでスッパリと、手を引いて」 「…」 こうなる予感はしていた。 香織ちゃんには好きな男がいる。それは初めからわかってたことだ。しかし、ボクだって香織ちゃんが好きなのだ。大好きなのだ。香織ちゃんには悪いけど、ここで手を引くわけにはいかない。たとえどんな卑怯な手を使ってでも。ボクは、香織ちゃんの側にいたかった。 「…香織ちゃん…」 香織ちゃんは顔を上げて、期待に満ちた目でボクを見た。「なに?別れてくれるの?」 「…香織ちゃん、今日はホームページ更新しなくていいの?」 「!!」 香織ちゃんの顔が一瞬ひきつるのをボクは見逃さなかった。 「な、なんのこと?私、パソコンなんか持ってないわよ」 ボクは黙って、一枚の紙を差し出した。それは水着の写真がトップページを飾る、人気爆発中のネットアイドルサイトのプリント紙だった。 「これ、どっからどう見ても、香織ちゃんだよねー。誰ですか「あゆあゆ♪」て。あんた本名とハンドル一文字もあってないやないけ」 「し、知らないわ!似てるけど、他人よ!だって私、インターネットなんかやったことないもの!」 「よく言うよ、毎日テレホタイムめいっぱい使ってネットサーフィンしてるくせに」 「!!」 「こないだちょっとNTTをハッキングしてね。香織ちゃんの自宅の通話記録を洗ったからね」 「あ、あんたいったい何者なの?」 「やだなあ、ただのファンの一人だよ。あゆあゆ♪のね(笑)」 「…!!」香織ちゃんの血の気が引いていくのがわかった。 「すごいなあ、80万ヒットだって?女はいいよねー。ちょっときわどい写真載っけりゃたちまち80万だもんね」 「…」 「ボクのサイトなんか隠し撮り写真展だから、公に宣伝もできないもん。アングラ世界じゃ有名人だけどな(笑)」 「あ、あんた、学校の誰にも言ってないでしょうね、このこと」 「ああ、グラビアデビューの話があるんだったね。学校にはバレたくないよなあ、そりゃ」 「なんでそんなことまで知ってんのよ!」香織ちゃんが戦慄した。 「知らないことなんかなにもないさ。だってボクがいちばん香織ちゃんのことを理解してるんだもの」 「…」 「水着で売っていくつもり?それはやめたほうがいいよ。だって香織ちゃん、あのサイトの写真、全部ムネ無理やりよせてるだけじゃん(笑)」 「お、大きなお世話よ!」 「それよかボクが隠し撮った入浴写真のほうが絶対いいよ。香織ちゃん、ハダカは綺麗なんだし、それでいこうよ」 「いつの間に撮ってんだよ」 「なんならボクが、あのサイトにハダカの写真、載っけてあげよっか?君のサイト程度のシステムならボクにかかれば五分でクラッキングできるしね(笑)」 「い、いや!それだけは勘弁!」 「80万人のネットサーファーに視姦されるってのも悪くないと思わない?ボクが新たな快楽を開拓してあげるよ(笑)」 「やめて!何でもするからそれだけはやめて!」 「ほーお、香織クンもやっぱり人の子ですなあ。今まで築き上げてきたネットアイドルとしての人気を失いたくない、と」 「ぐっ…」 「ならば別れる、なんて言わず、ボクとつきあいなさい。あゆあゆ♪のサイトのことも誰にも言わないでおいてあげるから」 「あ、あんた、脅迫のプロね」香織ちゃんはがっくりと肩を落とした。 香織ちゃんはわかってない。 ボクはただ、香織ちゃんのことが大好きで。ただ、それだけなのだ。 脅迫?とんでもない。これは愛だ。ボクの暴走しそうなまでの、愛なのだ。 それをわかってもらうためには、もう少し時間がかかりそうだ。けど、ゆっくりやるさ。 だってもう香織ちゃんはボクの彼女なわけだしね!! |