七時間目

  よりにもよって桃は文化祭の当日に風邪をひいて休んでしまったため、責任を感じた僕は駅前で桃の母親にお詫びの菓子折を買ってきたのだった。まったく、また無駄な出費をさせられてしまった。
  しかし桃は僕のそんな気苦労も知らず、けろっとした笑顔で今日もいつものように僕を迎える。やれやれ、と僕は溜息をついた。桃は僕の懐に腕を絡ませながら言った。

「ねぇ雪男先生、クリスマスの予定は?」

「クリスマス」と僕は言った。「特に予定は無いよ。知ってると思うけど」
「うん、知ってるけど」と桃は真顔で答えた。「いちおう聞いとこうと思って。よし、予定無いならかわいそうだからあたしがつきあってあげちゃおうかな」
「えっ、桃ちゃんが?」突然の申し出に僕は戸惑いの声をあげた。
  クリスマスを一緒に?桃と?
  僕はとっさに桃と一緒に人混みの街を手を繋いで歩く場面を想像した。そして思い直したようにすぐその想像をうち消した。手を繋いで?なぜ手を繋ぐ必要があるのだ。桃はただの教え子であって、それ以上でもそれ以下でもないのに。とっさにそんな甘い恋人的場面を思いついてしまうのは、やはり「クリスマス」という特別な日の持つ魔力なのだろうか。
「安物でも何でもいいから、なんか買ってよ。そしたらあたしもとっておきのプレゼント、あげるからさ」
「とっておきのプレゼント?」と僕は言った。「なに、とっておきって」
「えへへへへ」と桃は笑った。「とっておきというからには、当然秘密です」
「ふーん」と言いながら、僕は嫌でも視界に入ってくる桃のベッドの下にちらっとはみ出して見える編みかけの毛糸玉を眺めた。折り畳んだ新聞紙くらいの大きさに編みかけられた、暖かな薄茶色の毛糸玉だった。形状的に見てマフラー以外の何物でもなさそうな感じだ。手袋にするにはすでに大きすぎるし、セーターにするにはもう横長すぎる。ここからでははっきりと見えないので断言はできないが、おそらくはあれはマフラーの編みかけだろう。とっておき、が聞いて呆れる管理の杜撰さだった。編んでいることを秘密にしておきたいのならもっとしっかり隠せばいいのに。気づいてないふりをしなければならないこっちの身にもなってほしい。
「なんだか知らないけど楽しみにしてるよ」ととりあえず僕は言っておいた。
「うん、楽しみにしてて」と桃はにっこり笑った。


  「楽しみにしてるよ」と言ってしまった以上、今さらクリスマス一緒に過ごせないなんて言えないよな。しまったな、と僕は頭を掻いた。
  だけどクリスマス、さも驚いたといった顔で桃からマフラーを受け取るというのも、悪くない。うん、悪くない。僕は確かめるように一人で何度もうんうんと頷き続けた。
  仕方ないからこっちもお礼に何か買ってあげよう。そしてせっかくのクリスマスだ、手くらいは繋いでやってもいいか。そのくらいのことなら許されてもいい日だろうと、僕は自分で自分に言い訳しながら桃の肩を取り、いつものように勉強机に向かって導きはじめた。そして僕に背中を向けた桃に気づかれないよう、ベッドの下にはみ出している編みかけのマフラーを奥に蹴っ飛ばして見えなくした。
  せっかくだからクリスマスまで気づいてないふりをしていてあげないと、ね。


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