君が毎朝毎朝ぱたぱたと飽きもせず時間をかけて化粧をする理由が僕にはわからない。ということを素直に君に話したら、案の定怒られた。僕はいつも余計なことを言って君を怒らせる。 「ねえ、じゃこんな話知ってる?」と僕は言った。「昔、化粧という字は『化』じゃなくて『気』という字を使っていた、って話」 「なにそれ、知らない」と君は言った。 「昔の人は『気粧』をすることで顔よりも気持ちを、心を綺麗に整えてたんだ。でも今は違うよね。街を行く女子高生達の厚化粧なんて、まさに『化ける』という言葉がぴったりだ」 君は眉のラインを描く手を止めた。「それで、その話であたしにいったい何が言いたいわけ?」 「いやぁ、別に」と僕は言った。「世の若い女性達はそのままで充分綺麗なのに、どうしてわざわざ金と手間暇かけて厚化粧したがるのかな、と思っただけ」 「…思いっきり嫌味じゃない」と君は言った。君のふくれっ面が三面鏡に何層にも重なって見えた。 「そりゃあね、あたしだって別に好きで化粧してるってわけじゃないのよ。毎朝毎朝心底めんどくさいと思うし、化粧品に必要以上に高いお金かけるのって確かに馬鹿馬鹿しいと思う。 でもそれでも、あたしが毎朝化粧してる理由。ユキオ君にはわかる?」 僕は少し考えてみた。でも皆目見当もつかなかったのですぐに諦めて「わからない」と言った。 君は勝ち誇ったように高々と笑った。「相変わらず女心のわからない人ねえ」 「あたしが毎朝化粧するのはねえ。あたし自身の納得できる精一杯の綺麗な顔を、毎日ユキオ君に見せていたいからに決まってるじゃない」 でも、僕は本当は君の無防備で間抜けな寝顔がいちばん好きなんだ。と言ったら、ますます君を怒らせるだけだろうか。 でも、本当なんだよ。僕は君の心をそのままに映しだしたような綺麗な素顔が大好きなんだよ。 |